2006-12-28

責任感

読売新聞12月28日
奈良県教育長に東大寺の上野師
東大寺(奈良市)の上野道善・大仏殿院主(67 )が奈良県教育委員長に就任し、「多くの人と手をつないで、できることからやっていきたい」と決意を述べた。
学力低下やいじめなど、様々な教育問題について「指導の前提として、大人が自らを省みて、若い人たちの手本となる姿勢を示すことが大事」と話した。
さらに昔はお彼岸などで墓参りに行き、過去・現在・未来がつながっていることや、感謝することを自然と教わったが、今はそうした認識が欠けている面があると感じる」といい、
「多くの人の支えで生かされ、多くの人を生かしているという責任感を持つことが、郷土愛や国への愛着、人類愛につながっていくと思う」と強調した




「大人が自らを省みて、若い人たちの手本となる姿勢を示すことが大事」
そんなこと考えてる教師がどのくらいいるんでしょうか

教室を暴力で支配しようとする教師
お気に入りの子と嫌いな子を差別して扱う教師
能力不足で手本を示すこともできないのに、いばりちらす教師
生徒を子供と侮り、気持ちを分かろうとしない教師
ムチと飴で成績を上げることが仕事だと思っている教師
共同体への責任感を説明できない教師

言い出せばキリが無いぞ

内閣官房では、こういう教師を、不適格教師と言うらしい


多くの人の支えで生かされ、多くの人を生かしているという責任感を持つことが、郷土愛や国への愛着、人類愛につながっていくと思う」

やっぱり、格調高い
いいこと言うわ

これこそ、地球規模の共同体意識です
人と人が繋がっている感覚です

この感覚、安部総理は「美しい国」って表現しましたが、美しい、ってその「美しさ」ですね、これは感覚です
あなたの人格に備わった、内部感覚です

なにをもって「美しい」と感じるのか
ぜひ、感じてくださいね

命を懸けるんなら、この感覚に命を懸けたいね

ラベル:

2006-12-27

人類滅亡戦争

世界の9割の国が核兵器を持っていない、って現実のことなんですけどね

これが、つまり、「経済と文化の相互依存を深め、人的交流を緊密にし、地球規模の共同体意識を作る」ってことの必然性につながるんじゃないかって話です


ドンパチやって、文句あるなら核兵器でこい、って世界秩序の決着方法はですね、世界の9割の国にとっては、望まざる方法ではあるわけです
核兵器のない国は、どんなに策略をめぐらしたところで、最後は負けるのが決まっています

それを、軍事的パワーバランス理論で、とりあえずの平和を保とうとしてるのが今の世界の現実です
東西冷戦とか、原理主義とか、国連主導とか、アメリカ一人勝ちとか、色分けして核の傘の勢力地図を作り、危ういながらもバランスを保とうとしています

しかしながら、流れは、誰の目にも多極化世界に向かっているのは明らかです

核拡散をいかに止めるか、ハイテク軍事技術をいかに独占するか、最大限の努力をしないと、軍事バランスが一気に崩れ、大量殺戮戦争が多発する世界になるってことです

それで、どうがんばっても、ハイテク軍事技術は各国で進歩しつづけ、不安にかられている国が核武装を進めますから、理論的には軍事的多極化は時間の問題で、いずれきます
軍事バランスは、必ず崩壊します


最後の有人戦闘機だろうと言われている、F-35 2008年配備予定
ステルス性を備え、垂直離着陸ができる機体もある


イラクをアメリカが一方的に攻撃したのなんかは序の口で、軍事的優位性があれば、なんでも出来ると考えている人が大多数であるのが、世界の現実なんです

それが、まあ、核とハイテク兵器が拡散すれば、危険は、減りますか?増えますか?

その、巨大な危険がもう目前に迫っているのではないですか
だから、あと、30年くらいでしょうかね、根拠はありませんが

アメリカが怖くてなにも出来ない、って世の中が終わる時の世界は、ハイテク兵器のゲリラ戦、核テロが多発する可能性が極めて高いと言わざるを得ません

ハイテク兵器は味方が損傷せず、発見されることなく、敵を必ず殺します
だから、先制攻撃した方が必ず勝ちます

核兵器は、使えば必ず報復されますが、非対称戦(つまりテロ)で攻撃側が姿を現さなければ、報復できません
今は核兵器を持っている国が少ないですから、とぼけることはしにくいですけど、だれでも核兵器をもっていれば、とぼけられる確立は高くなります

ぞっとする話ですが、ハイテク先制攻撃と核テロ、局地的なゲリラ戦が蔓延する世界が、きそうな雰囲気ではありませんか?


それでですね、
「地球規模の共同体意識」は、人類滅亡戦争と天秤にかけられて釣り合う必要があるってことになるんです

でもって、今の9割ある非核国は、まだ、「地球規模の共同体意識」に賭けてみる価値はあります

非核国は、国数は多いんですけど、中国とインドが核武装国ですから、これだけで、24億人位、プラス、アメリカ3億人などで、地球の過半数は核武装国の住人ですから、うまくいかない可能性は、非常に高いです


あと、そうですね、100年後、ロボット兵器の核戦争が多発する世界があるか、「地球規模の共同体意識」が戦争を抑えこんでいるか、どちらでしょうね

流行中のスピリチュアルも、小市民的な願望実現だけをマーケットにするような、幼稚なお考えだけじゃなくて、せめて、「地域社会の共同体意識」、あるいは、「国家の共同体意識」、できれば、「地球規模の共同体意識」にも責任をもっていただきたいところなんですけど


僕は冗談じゃなく
100年後に平和な世界があるとすれば、Quantum Senseって言葉が最も価値ある言葉になってると思ってますよ



それで、今後の日本の戦略は

先ず、アメリカにくっついていく
アメリカが怖くて、なにもできない世の中が、なるべく長く続くよう努力する
軍事バランスが存在する間に、「地球規模の共同体意識」を構築する

こんなところかな

これ以外の方法があれば、教えてね

ラベル:

2006-12-25

タイムリミット

日本が小型核弾頭を試作するまで、少なくとも3ー5年かかることが、政府の内部文章「核兵器の国産可能性について」と題した文書でわかったらしいですねぇ
費用2000億円ー3000億円ってまあ、その程度のもんですかって感じだけど

ただこれ、大型なら簡単って意味でしょうかね

こちら

やってやれなくもない、のかな、って感じだけど
どのみち核武装するなら、アメリカの同意がなければ無理なんだから、核弾頭を50億位で買ったらいいんだよ
イギリスみたいに、潜水艦に装備させたらいい
イギリスはミサイルごとアメリカ製だからね

ただし
核拡散の次ぎにくるのは、全ての破滅ですよ
それを、証明せよなんて言われてもする気はないけど
そうに決まってる

今、世界に100以上ある国で核兵器を運用してるのが10以下なわけ
(アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮とイランは実験中)
つまり、核攻撃されたとしても、核で反撃できない国が9割位ある
これは、理論的には、核兵器を持っているどこかの国に安全保障を求めるしかない

12月11日付け日本経済新聞(夕刊)は、「湾岸協力会議が核開発の着手を宣言」との見出しで、サウジアラビア、カタール、バーレン、オマーン、クウェート及びアラブ首長国連邦の6か国が、「湾岸諸国は平和目的での核エネルギー技術を保有する権利を持つ」と明記した声明を採択した旨報じた。同じく、エジプトが最近、核開発の再開を決定したと伝えた。

ま、核の傘を信用しない、できない、となると、自前で開発するというのが流れでしょうなぁ


ロシア海軍が開発したスーパーキャビテーション魚雷。200ノット(約370km/h)以上の速度を持ち、NATOの標準的な魚雷システムよりはるかに強力だと考えられている。アメリカ海軍とドイツ海軍の両者はそのような計画を持っており、後者は2004年にバラクーダ(Barracuda)と命名されたプロトタイプを製作した。中国海軍もロシアからVA-111システムのサンプルを40発購入したと言われているが、これについてはまだ公式には確認されていない。また、イランも2006年4月にフート(Hoot)と呼ばれる類似の兵器の実験に成功したと発表した。



日本は、建前としてはアメリカを信用し依存するということになってるけど、これも、疑い出せばきりがないのはしょうがないことです

アメリカの通常兵器による優位も、この30年位のもんで、あとは野となれ山となれだよ

全世界的に、ハイテク軍事力の増強と核兵器研究は、どんどん進んでいるんだよね
感情的に、どこかの国を馬鹿にしたところで、流れは変わらないんだから、無駄な抵抗ですよ


核がコントロール不能になるまで拡散して
各国の通常兵器がハイテク化して(無人、ステルス、命中精度100%)、対抗不能になって
世界を徹底的にぶっ壊す力が、ありふれたものになって
アメリカの相対的な軍事力の優位が完全崩壊する前に

経済と文化の相互依存を深め、人的交流を緊密にし、地球規模の共同体意識を作ることが、どうしても必要なんじゃないですか


これは、いつか平和になればいいな、てなもんじゃなくて
タイムリミットがあって、それは、アメリカの軍事的優位の崩壊までに急いでする必要があるってことになるんですよ

つまり、僕に言わせれば、愛と平和は気分でするもんじゃなくて、制限時間内に実現する必要があるってことです

ハッキリ言うけど、このブログを読んでいるあなたの世代が、それを実現する世代なんですよ

このままでは、大量破壊兵器とハイテク兵器が拡散して、コントロール不能になるのは時間の問題です
地球を破滅させること位、誰にでもできるようになってきます



どしたらいいかって・・・・

とりあえず
韓流かな(^^;)

ラベル:

2006-12-22

霊との戦い

誤解の無いように
仏教は、お亡くなりになった方の供養をずっと続けています
皆様に、お薦めしています

お亡くなりになった方を慰めるためだけでなく、御自分と、家族と、地域社会と、国家と、世界の幸せ、のためにも供養は必要です

これは、切実な問題になっている人もあるし、なんのこっちゃと言う人はそれはそれで幸せですからいいんです


僕は今の寺に入ってから、ずっと、まだ供養しきれていない霊の供養を続けてきました
まだ、終わっていないようですが、相手のあることなんで、焦ってもどうなるもんでもありません
始まりもなければ、終わりもない話です


拝んでいて、呼吸できなくなり、苦しくてその場にバッタリ倒れたこともあります

拝んでいて、「グワー、出てきたーーー」という所に、子供が呼びにやってきて、「くるなーーーー」と叫んだこともあります

どうしようもなく、拝むのが深夜になり、お堂で一人拝んでいると、ヒタヒタヒタと、首無し鎧武者が迫ってきたこともあります

浮かばれていない奴は、基本的に、イカレてますから、ま、そんなもんです

「このボケ!!」と言ってみたところでどうにもなりません
仏の慈光で救われることを祈ります


そんな日常ですが、「ヤバイ、やられたかも」という事もあります

不動明王 絹本著色 室町後期(16世紀) 長保寺蔵


昔の住職が調伏に使っていた眷属が、どうも、参拝者に悪さをするので、おとなしくなってもらおうと拝んでいた時です
(昔は、日本人同士戦争をしてましたから、密教寺院は敵国調伏が大事な仕事でした。ま、今でも密かにやってる奴はいくらもいるよ。感心しないけどね)

その眷属くんが、苦し紛れに、うちの身内に憑依したんですね
これはですね、持ち物にくっついたり、へんな拝み方をさせたり、とか、いろんなパターンがあるけど、子供なんかね、怒りぽかったりすると心の隙から憑依することもあるんですよ

「あー、そりゃあきまへん」と親切に言えば、ムカツク
「こうしたほうがええよ」とこれまた親切に言えば、ウザイ
説教してると、ほんとに白目になるよ
いちど憑依されると、なんでも逆効果になるから、手を焼くよ

時間がかかりますが、ポロッと落ちたら、自分でも、「ありゃいったいなんだったんだ」って、その間の気持ちが分からない、つまり、心を盗られてる

こういうのは、とにかく排除するのが精一杯で、またどこか宿主をさがすんでしょうなぁ
憑依してるかぎりは、命が永遠に続いているような気になるんだろうね
運の尽きたとき、酷い目にあうだろうけど



いままでで、一番凄かったのは、供養してると、周囲の戸が、バタンバタンと、なんて言うんだ、ポルターガイストですかね、カタコトなんてもんじゃない、ドッタンバッタン鳴り喚くわけ
それも無視して拝んでると、後ろから、ブーーーンと飛行機が飛んでくる爆音がするんですよ

そりゃ思わず振り返りますけど、なんにもありません

お相手の霊は、江戸時代のどえらい坊さんでしてね(^^;)
あんまりいい方の話じゃないことで、歴史の教科書にも出てますよ
うちのある殿さんに霊的な攻撃を繰り返してた、悪いやっちゃ
それが、NHKのとあるドラマで取り上げられて、うちの寺もワンシーン出たんですよ
それで、お出ましになったのかな

でもって、どうも普通の拝み方じゃ手に負えないなぁ、ということで、朝、寝床の中でボンヤリと「護摩でも焚くか」と考えていると
となりで寝ている嫁が、寝言で爺さんのような声で「なかなかやるのー」って言うんですよ

ギョギョギョですよ
憑依されたら目もあてられんと思って、おそるおそる様子をうかがってたけど、どうやら、その時だけだった

もちろん、これでもか!!!って位、護摩を焚いてやりましたよ

で、こういう奴は、終わったかと思っても、なかなかそうはいかんのです

ある霊感のある人のお家を訪ねた時
「あんたの寺から、凄いのがきたよ」って言われてしまった
あらー、やっぱり、ってとこですけど
ボロボロのミイラになった坊さんだったそうです
いままでいろんな凄いのにお目にかかったけど、一番じゃないかということで、怖かったらしい

はた迷惑ですけど、こっちは一安心ですよ
正体現すときは終わる時ですから

「よろしくたのんます」って言ったら、えらく怒られた
あたりまえだよな(^^;)

ラベル:

2006-12-21

厳罰

僕は4年間、警察署評議会の委員をしていたことがあるんですけど、会議が年に4回ほどあったと思います

会議のたびに、かなりの量の資料をわたされて、警察の仕事の範囲の広さに驚きました
空き巣、非行、夫婦喧嘩の仲裁、祭りの警備、津波の警戒、傷害、詐欺、放置自転車、道路標識、交通整理、交通事故、捨て猫の世話も
土日もやっているし、24時間営業ですから、ありとあらゆることが持ち込まれるようです

また、僕がやっている間にも、警官によるいろんな不祥事が相次ぎました

警察官は皆さん非常に真面目に真剣に職務に精励しているのに、ごく一部の者が信じられないような、理解に苦しむことをする、といった印象でした
僕は、警察を責めるというよりは力になりたいという気持ちでした

署員皆が、家族の写真を身につけて持ち歩いているということで、見せてもらったりもしました
家族があるんだから馬鹿なマネはするな、というような自戒の意味だったのかな



PDFはこちら

交通事故についても、道路標識の整備や速度制限、一斉検問など地道な努力をしていましたが、なかなか減らすことができませんでした
打つ手無し、車がこれだけ多いんだからしかたないか、という諦めムードでした

それが、飲酒運転で家族全員が死亡する事故があり、飲酒に対する厳罰化が検討されることになりました

委員の間でも議題になり、あまり厳しく取り締まるな、などという意見も多かったんです
厳罰と事故数の因果関係など、立証することもできませんし、水商売が影響を受けることが分かり切っていましたから

それが、平成14年6月、飲酒運転の厳罰化をしてみると、目に見えて交通事故の死者数が激減しました
厳罰イコール安全運転だったのです
これは、もう議論の余地はありません

こちら


未成年者の凶悪犯罪が起きるたびに、罰が軽いとか教育的指導が大事とか議論が起きますが、教訓的には、厳罰にすべき、ということになるんじゃないですか

刑法全体、量刑が軽すぎる感じもします
人を殺しても、3年も刑務所にいればなんとかなったりしますから

未成年者の場合、特段の配慮は必要でしょうが、厳罰による犯罪予防と教育指導による矯正とを組み合わせる必要があるんじゃないでしょうかね

息子に「14歳以下なら人を殺しても罪にならないのか」と聴かれてドキッとしたことがありますよ
こいつ、誰か殺したい奴がいるのかと思いましたね


死刑制度も検討課題ではありますが、犯罪予防としては効果がある、ということにはなりそうですね


僕など、いちおう坊主ですから、人間の内面を高めて、まっとうな人生を送れるように手助けすることが求められるわけですが、まあ、とりあえず、厳罰ですな(^^;)

宗教は無力だなあ、と思ったりはしますね

むしろ、カルトなどによる凶悪犯罪の動機になっても、飲酒運転を減らす力はさほど無いでしょうなぁ・・・・

ラベル:

2006-12-20

日本は平和か

航空自衛隊が領空に接近した航空機に対して緊急発進する「スクランブル」は、昭和33年から始まって、今年2万回に達しました

こちら

最近は、ジェット機の速度が非常に速いため、領空侵犯すれすれでスクランブル発進していたのでは間に合いませんから、かなり遠くにいてもスクランブルが行われているようです

領空接近から実際に侵犯に及んだのは、2万回のうち33回だそうです

日本領空に近づくのは、こちらのレーダーや戦闘機などの防空能力を検証するのが主な目的らしいですが、好戦的で無分別なパイロットが乗っていないという保証はどこにもありません

全面戦争の危険は核兵器による報復の可能性が高くなるため、かなり低くなってきていますが、ハイテク兵器による局地戦は、偶発的にいつどこで起こっても不思議ではない状況です

海上には線など引いていませんから、すれすれか行き過ぎかの行為などいくらでもあります
中国原子力潜水艦による領海侵犯、ロシアによる警告無しでの漁船員に対する銃撃、などすでに起こっています

ロシアと中国の潜水艦は近年高性能になり静粛性を高め、探知しにくくなってきています

特に中国は東シナ海ガス田周辺の海底調査(音波探知に必要な海水温、精密な海底地図など)を進め、潜水艦の運航の秘匿性を高めています

海底資源の豊富な南沙諸島は、台湾、フィリピン、ベトナムが基地を作っている島もありますが、中国も戦艦を派遣して上陸してそこに割り込んでいます
地図で確認すればわかることですが、どう見ても中国からは離れすぎていますが、軍事的には文句の言えない状況を力づくで作っているのです

こちら





6カ国協議も始まり、北朝鮮の発言などに注意が向きがちですが、周辺国は、国益を自分の都合で粛々と追求しているのが現実です
国益の追求には、武力行使を辞さないのが国際的な常識です

ということで
日本の安全と、みかけの平和を維持するためには、アメリカに依存した核抑守力、防衛省による通常兵器による自衛力は当然として、価値ある国でありつづける為の高度な内政と教育施策も必要ということではないですか

安全と繁栄があって初めて、幸福の追求もできるんじゃないでしょうか

軍事力すなわち悪という発想のお方は、少なくとも、国際人じゃないよ
ついでに言えば、幸福も実現できないよ



僕の寺は徳川家という武家の菩提寺ですから、武士として戦って死ぬことを、当たり前のこととしてきました
意味のある死に方、というか、武士としての大義を追求してきました

ま、そんな事も、日本が普通の国家としてやっていくためには、考えておかなければならないことだと思いますよ

ラベル:

2006-12-18

アクセス急増

時事問題をお題にとりあげるようになってから、アクセス数が急増してます

いつも600から750なのが、このところ、多い日で1400少なくても800位

いや、有難いですけど、なんじゃ、そりゃ(^^;)

教育基本法やいじめ問題、6カ国協議や拉致問題、靖国、北方領土、竹島、東シナ海のガス田問題、知事選などetc、まあ、大変なんですけどね

僕みたいなショボイ人間がどうこう言って、どうなるもんでもないですが(^^;)
感心おありのようなので、関連することなど、なるべく真面目に書くことにします

僕には特に人と違った情報などありませんから、平凡な結論にたどり着いていると思ってます

しかし
国際情勢に関して、幼稚なお考えの人が多いのには、唖然とすることが多いですね
これは、スピリチュアルなことでは、もっと多いんで絶望的になりますが・・・
スピリチュアルに関しては、最近は、自分の感覚を頼りに、自分で考える人も出始めたんで、やや、改善の希望はあります

これは
僕に言わせれば、国際情勢もスピリチュアルも、相手のあることなんで、独りよがりは通用しないってことなんですけどね

寄らば大樹の陰的な発想で、みんながそう言うからそうなんだ、みたいな考え方は、破綻すると思うよ
コスモロジーを、誰か権威のある組織なり人物なりに与えられて、その中の価値観に自分の存在を当てはめるってのを「幼稚」と僕は言うのです

自分の判断の責任を自分でとらなきゃならないのが人生です
自分のケツは自分で拭くのです
誰かに言われて何かしても、誰もケツを拭いてはくれないのです


アメリカが2010年ごろ配備する無人ステルス攻撃機 X-45


日本は、核による恫喝に対して非核戦略で対応していますが、それは、核攻撃への報復をアメリカに依存することで成立しています
ですから、日米安全保障条約によるアメリカの増援の信頼性を100%にまで高めて維持していかなければなりません

そのためには、日本は、アメリカになくてはならぬ国、滅亡してしまっては困る国でありつづける必要があります

日本が自前で核武装する可能性を考えたい人は考えたらいいけど、僕は、どう考えても割に合わないと思うので、めんどくさいのでパス
核拡散が止まらないのが明白になったら、考えてもいいけどね

(もちろん、アメリカ以外の核保有国と同盟関係になる選択枝も、理論的にはあります
そうなると、中国かロシアということになりますが、あなたならどこを選びますか)

アメリカは中国とロシアを、今のところ、軍事的に圧倒しています
アメリカはこの優位を今後とも維持しなければなりません

ま、可能でしょう

通常兵器による正面切っての正規軍による戦争は、極めて起こしにくくなってきています
アメリカは世界中に基地を持っていますが、同時に圧倒的に高度な軍事技術を持っているので、日本などにイージス艦、台湾に潜水艦を配備させるなどして、自国が直接戦闘をする負担を軽減しています

当分はアメリカが軍事的な優位を維持することは可能ですが、核と生物化学兵器によるテロなどがその構図を破壊する要因になります
アメリカと、もし戦争をするとしたら、テロかゲリラしかないでしょう
まともに正面から戦争をして勝てる国はもうありません

できれば、世界の紛争が、徐々に小規模化していき、問題解決を外交交渉で決着できるようになるのが理想ですけど
それには、アメリカの軍事的優越性が必要だ、ということになりそうなんですけどね

なんか、戦国時代を終わらせた徳川家みたいな感じですね

ラベル:

2006-12-16

Ministry of Difense

防衛省昇格法成立、同じ日に改正教育基本法も成立か・・・・

ふーーん・・・


伝統と文化を尊重し、我がと郷土を愛する態度を養う(改正教育基本法)

とは
日本の伝統と文化を学ぶ姿勢や態度は評価対象にする(安部総理の答弁)

それは
教育は不当な支配に服することなく、この法律および他の法律の定めにより行われる(改正教育基本法)


で下線部分をつなぐと

国を愛する態度を養い、その態度を評価対象にし、それを、法律の定めにより行う

となります

そいでもって
防衛省は、国際平和協力活動、在外邦人輸送、周辺事態で後方地域支援などの活動を本来任務とすることになった、ということなんです

防衛省は英語だと、 Ministry of Difense で、これは国防省という意味で、全世界的に使われている言葉です

イギリスもイスラエルも、Ministry of Difenseです
アメリカは国防総省でDepartment of Defense

ま、国際的には軍隊としか見られない
日本の憲法9条なんて、世界じゃ誰も知らないよ、ってことでしょうな


端的に言って

学校で国旗掲揚するとき起立しない奴は、教育基本法によって、減点されますよってことであり
ごちゃごちゃぬかす教師はやめてもらう、ってことにもなるんでしょうね

怖いっちゃ怖いけど
国際環境が、それだけヤバくなっているってことですよ

僕は防衛協会の理事だけど、軍国主義者じゃないよ

自衛隊じゃ禁止されてるこんなページも愛読してます
J-RCOM


次期自衛隊小銃に噂されているF2000

いろいろ取り越し苦労で、心配する人もあるようですけど、軍国主義が敗北して、平和国家としての実績が半世紀以上あるんですから、それほど心配することもないとは思うけど

国防戦略は、実際はこれから考えるんですよ

読売 12月16日 朝刊
防衛庁は07年度に、中長期的な視点で安保政策を検討する「戦略企画室」を防衛政策局防衛政策課内に新設する。防衛研究所と連携して、「抑止」のあり方や国際平和活動、防衛交流をテーマにする。防衛庁では10月下旬、守屋防衛次官の指示で「戦略検討チーム」がひそかに発足した。内局と統幕監部、陸、海、空の課長級が中心メンバーで、05年2月、日米政府が合意した「共通戦略目標」をたたき台とし、対北朝鮮、中国政策などの戦略を練る。来年3月に結論をまとめ、新設される戦略企画室の作業に引き継ぐ予定。


ま、ヒステリックにならないように
現実的に考えましょうね

「戦争はんたーい」ってデモ行進したって、ミサイル打ち込まれたら終わりですよ
日本の石油タンカーの通り道なんか、ステルス潜水艦がうじゃうじゃいるんだからね

世界はちっとも安全じゃないよ
勘違いしないように

ラベル:

2006-12-13

花の力

僕の寺は、「花の寺」ってことをキャッチフレーズにしてるんですけど
これは、実際は苦し紛れで思いついたことでしてね

10年ほど前に大河ドラマで「八代将軍 吉宗」が放映された時は大変な数の参拝客が来たわけです
それが、ドラマが終わると同時に激減しました

観光業として捉えると、「国宝が本堂・搭・大門とあるのは奈良の法隆寺と長保寺だけ」とか「紀州徳川家菩提寺で全国最大の藩主墓所」と言ったところで、極端な話、喜んで来てくれるのは文化財オタクだけです

好奇心で一回は参拝しても、それでお終い

毎年何回もいらっしゃってくださる人も多いのですが、なにせ、うちはデカすぎます
経営的には十分な数にはなりません

観光寺院でうまくいっているのは、京都と奈良の一部の大寺院だけです


夕張市が破綻しましたが、観光施設をたくさんつくって、全部だめになりました
立派な箱物を作っても、設備投資を回収できなくなりました
市が食いつなぐには大規模にやらなければならず、赤字が出れば、一気に破綻します


金勘定だけで考えたら、うちなど、とっくに破綻してますけど、お寺ですから、だめならだめで、サイドブレーキをひいて止まっていれば格好はつきます
普通のところなら、自転車操業でも、とにかく運転していなければ、倒れてしまいます


と、いろいろ不純な動機で、大河ドラマ以降の観光誘致を考えて、「花の寺」ってことにしました
和歌山で他に言ってるところがなかったからです

もう10年、新聞広告などし続けて、和歌山で「花の寺」と言えば、うちになりました
これは広告戦略でね、「花の寺」と「長保寺」を結びつけるってことだけやり続けてます
ネットの検索でも、頭の方で出てきますよ





それがですね

花を育てることの意義がですね、注目されるようになってきました

“荒れた学校”を鎮め、再生させてきた話です

「心を癒やす教育がなされていないことが、まず見えてきます」。こう述べて、氏は一枚の写真(97年6月時点)を取り出した。あの「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年(当時15歳)が在籍した神戸市の友が丘中学校である。校門から見えるプランターの花はすべて立ち枯れている。植木鉢は前年から放置されていたと見え、枯れた植物のあいだから雑草が伸びている。

「毎日新聞」記者だった御手洗恭二氏の愛娘・怜美さん(当時12歳)がクラスメートに殺害された市立大久保小学校だ。「事件が起きた6月は花いっぱいの季節のはずですが、校庭には一輪の花も咲いていない。潤いがない環境でした」。

自宅に放火して母と弟妹を焼死させた高校生が通った奈良市の東大寺学園だ。こちらは、いかにも費用をかけた立派な環境だが、なぜか学校らしさがない。どこかのIT企業の工場か、保養施設のエントランスを思わせるたたずまいで、生徒たち自身が植物を育てている気配はない


くわしくはこちら
「 いじめ・不登校・校内暴力ゼロを“花づくり”で実現した旧真田町 」櫻井よしこ


それで、学校で花を育て、給食を変え(これは僕的には好きなアプローチですね)、授業内容を評価する仕組みをつくり、すでに4年間試行錯誤してきたそうです

結果、客観的には、全体の学業成績が伸びたらしいです


花にこだわるのは、心の教育には花づくりが最も効果的だったという体験からだ。

小動物の飼育、野菜やコメづくり、いろいろ試みましたが、そのなかで生徒たちが最も反応したのが花壇だったのです。


ということです

僕の場合は、不純な思いつきですけど(^^;)

ま、それはそれでいいんじゃないの

ラベル:

2006-12-12

赦すということ

つまり、自分に危害を加えた、あるいは、身近な人に危害を加えた人を赦すということですけど

事件のあったのは、学びであるとか、前世の因縁であるとか、まあ、コスモロジーによる物語化は、僕はあまりしっくりきません

赦せないこともあるし、なんでもかんでも赦す必要もないと思います

じゃあ、争いが続くかと言えば、そうなんですけど
現実的には、いつまでも怨み続けるということになりますね

法的であるとか、復讐であるとか、合法非合法含めて、手続きを経て、赦す気持ちに近づくこともあるかもしれませんが、修復できない傷ってものもこの世にはあります

赦しに至る人が高級で、いつまでも怨み続けるのが間違っているという考え方は、これまた、勝手なコスモロジーではあるわけで、人間という存在が、そんなに簡単に気持ちを割り切れるものなら、誰も苦労しません

こういう話が理解できない人もあるかとは思いますが、それは、憎しみってものがまだ分かっていないからだと思うよ


たとえばですね

目の前に、ロープを張ったリングがあって、なぜか、自分がそこに立って、目に前の誰かと殴り合っていると、します
自分からリングから降りることはできない

どうしても負けるわけにいかない状況だとします
たとえば、負ければ、家族全員虐殺されるとか、なんかひどいたとえですけど(^^;)

で、そんな時、一方的にですね、相手を赦してもしゃあないわけです
戦い続けるしかない
おっと、殺しちゃったりですね、勝利もいいですけど、その時は、怒った相手の家族がまたリングに上がってくるって、とんでもないルールだとします

延々と終わりのない戦いをするしかない
カルマだとか、愛だとか、考えてる余裕はありません
是非もなし、って状況です

で、人生ってつまりこういう状況です

リングに立ってるんです
わけもわからず


リングの中にいる限りは赦すも赦さないもありません
死ぬまで戦うしかありません

自分が死ぬのが決着だってことです

これは、例え話ではありますけれど、誰でも、死は免れません
改めて言う必要もないですけど


しかし、相手がリングを降りたらどうでしょうか

紙本著色 羅刹天 長保寺蔵



相手の消滅です
僕が考えている赦しは、この瞬間にしかありません

つまり、追っかけていって、リングの外での乱闘をしない、ってことです
それが、赦し、だと思います



相手が死ぬまで怨み続ける、ってことになっちゃいますが、きれい事ではありませんからね
ほとんどそれしかない、というのが現実ではないですか
執念深いと言えばそうですけど、執念って深いもんなんですよ
どうしようもありません

しかし、死んだら赦してあげる

まあ、これはこれで、死んでも憎しみの再生産をする傾向のある民族もあります(^^;)
それは、しないよ、と

謝ったから赦すんじゃありせん
相手が消滅したら、それで、終わりにして追いかけないってことです


どんなに長い間転生を繰り返しても、憎しみの連鎖は断ち切れません
連鎖が続くようにできているからです
時間と空間を越えて、愛憎の連鎖が続いていくんです

因縁のある世界に住むかぎり、愛憎が尽きることは無いんです
突いたり突かれたり、もう、終わり無く続けるしかありません


それで、僕は、「次元の違う感触」って表現をしてるんですが、「次元の違う」、つまりリングの外の世界があるとしたら、そこに行けば愛憎はなくなります

愛憎や苦悩は自分で計画した学びである、って、なんか最近流行のコスモロジーですけど、リングに立ったままでは、どんなにがんばっても、愛憎や苦悩は切れ目無く襲ってくるのよ
学んでも学んでも、無力じゃないですか
学んで賢くなったつもりでも、殴りかかってこられたら応戦するしかないわけ

愛情深い奉仕活動家が、どろどろの裁判をかかえていたりね、そんなもんよ、人生は

リングの外に出るしかない、というのが、ホントじゃないですか

で、さっきの例え話ですけど、相手がリングを降りることはあっても、自分は降りる事ができません
リングを降りるのは自分が死ぬ時だけです

それでですね、死んだ後の心が、あるとしたらどうでしょう
そんな風に考えたことありますか?

そう、死によって失われることのない心

つまり、「次元の違う感触」

「次元の違う感触」を自分の心にして生きるってことなんですけどね、言いたいのは
いつまでも怨み続けろ、って話じゃないよ(^^;)


あなたが死んだ後に残る「次元の違う感触」の心で、生きろってこと
それが赦しにつながるんじゃないかな

ラベル:

2006-12-10

何の為

願い事書き込みボードにご質問がありました

人の魂は何の為にこの宇宙に存在し、
どこから来てどこに向かうのでしょう。
”神と繋がる”その先にはどのような光が見えるのでしょうか。


各伝統宗教はそれなりの答えを用意していますが、仏教的に言えば

答えは無い

ということになってるようです

禅問答的に言えば
その問いを発した時に、抱えている問題意識に答えようとします

答え
「最近夜更かししすぎのようだから、早寝早起きして、早朝、深呼吸すれば自ずとわかる時がくる」とかね

いえ、ふざけてるんじゃありませんよ
ま、落ち着いてくださいませ(^^)


天台大師 絹本著色 長保寺蔵
くわしくは こちら



それで、僕は今のところどう思っているのかってことですけど

時間という概念を、どう感じるかってことじゃないかと思いますね

実は、「始まりがあって、進歩なり変化なりして、終りがある」という考え方は、近代以後に発達した考え方です

明日は、今日よりも善い、とかね
文明の進歩、発展など

科学技術による生活改善がはっきり目に見えるようになってきてから、未来はもっと善くなるという概念が生まれたんじゃないですか

でも、ほんとのところ、心というか、霊の世界でもいいですけど、時間はありません
空間もありません

観察する主体(自己というか我執なんですけど)がある、この物質世界の相対的な立場から見れば、きのうがあって、明日があるんですが、実は、きのうと今と明日は同時に存在してるってことです

それで

くだらぬ自分---->立派な自分、と、変化ですね

ま、僕は、こういうプロセスを疑ってます

細かく書くと、もっとわかりずらくなるからやめますが(^^;)

すでに、全て整っているんじゃないかと感じてます

これ、専門的には天台本覚論っていうんですが、馬鹿が利口になるんじゃなくて、馬鹿がホントは利口だったって気が付く、ってことです

だから

アホ---->時間の経過---->賢い人 じゃなくて

妄想と執着---->解放---->理解 じゃないですか、本当は


それで、僕のお答えは

Q 人の魂は何の為にこの宇宙に存在するのか
始まりも終わりもなく、存在を続けています
無目的、無意味という殻を作って閉じこもることもできるし、意味を創造することもできます
大げさに言えば、宇宙がこれからどうなるかは、あなたの自由な意志しだいです
Q どこから来てどこに向かうのか
どこからも来ず、どこにも行きません
笑顔を探し続けます
Q ”神と繋がる”その先にはどのような光が見えるのか
もうすでに繋がっています
悪事の後ろめたさ、深い良心の叫び
微笑みの感触
すべて、繋がっているからあるのではないですか

ラベル:

2006-12-08

GUN

僕の本職のほうのホームページは、1996年の10月からですから、もう10年たちました

10周年でなにかするかと思いながら、なにもせずに終わりそうだなー

ウインドウズの95が出てから、モジラが出たのが96年ですからね

初めてのころは、PCVANでやってた
て、言っても知らないでしょうけど

それで、始めたころから、かなりの量になったんですよ
博物館で作った、うちの図録をそのまま入れることにしましたから

うちみたいな所は、いろんなマスコミの取材がいつもあるんですけど、これが、勝手な事ばかり書いたり、書いて欲しいことを書かなかったり、どうにもあてにならないんです
大企業ならCMとか出来るけど、どうしようもなかったんです

それで、まったく先の事が予想できなかったけど、ホームページを作ることにしたんです

最初の年は年間3000人くらいかな訪問者が、今は18万人位
学校の授業で吉宗とか調べますからね

僕のお説につき合ってくれちゃう人もいるだろうけど、ごくろうさんです(^^;)


それで、内容をつくるのに、OCRとかない時代ですから、テキストを全部手で打ち込んで作りました

文化財コーナーは、最初のころからほとんどそのままですね

テキストはほとんど、当時うちの受付に来てもらってたSちゃんに、98ノートで打ち込んでもらいました

Sちゃんは当時は、大学生だった

それが、婦人警官になりたかったんですねー
和歌山県警落ちたけど、大阪府警に合格したんです

そりゃ驚きましたよ

僕もどっかで捕まるんじゃないかと、想像するじゃないですか
ミニパトに捕まったらSちゃんだったなんて


SIG P232 現在刑事が使っているのはP230JPです

職務命令でバトントラワーやらされて、御堂筋パレード出たりしたんだけど、「絶対に来るな」と念を押されました(^^;)

それが、今は、刑事です

ギャー・・・(^^;)

拳銃が上手です

ウギャー・・・

僕も警察署協議会の委員をしばらくやりましたけど・・・刑事っておっさんの仕事じゃなかったの・・・

ラベル:

2006-12-07

コスモロジーの再構築

また、ややこしい話ですけど

神秘体験とか、霊感による普通の人より拡張した感覚、など心霊的体験ですね
これは、結局だれとも分かち合うことの出来ない体験です

何を感じたかは、本人しか知りません

「きのうのサッカーの試合がどうたらこうたら・・」などと話題にすることができないのです

専門的には変成意識状態と言います
ラリってる、神懸かり、禅定なども変成意識状態に含めるようです



「宗教クライシス」上田紀行著 岩波書店

神話的コスモロジーと深層意識のイメージとの一体化は、共同体が保持しているコスモロジーと深層意識の一体化であるから、「絶対的な私」の感覚を強烈に持ちながら、共同体とも絶対的なつながりを持っているという感覚へわれわれを開いていく。しかし、コスモロジーの行き先はあらかじめ決められているため、盲信へ閉じていく性格を持っている。

深層意識でのイメージはコスモロジーがあらかじめなければ、体験とならず、他者とも共有できない。
宗教体験の核心には、神話的コスモロジーが必要である。コスモロジーが宗教体験を可能にし、人間どうしの根元的なつながりを生み出すが、ひとつの限定された物語に収束されてしまうが故に、他の宗教や文化における根元的なつながりを理解できないのである。


つまり、自分の体験を、ある種の世界観(コスモロジー)の中の出来事として意義付けます

たとえば
「恋人と別れなければならないのは、前世から自分で計画していた学びである」などと、意味のある行為として評価します
これは、別の文脈になれば
「恋人と別れなければならないのは、前世で人を裏切ったカルマがあるからだ」にもなれば
「恋人と別れなければならないのは、神の意志による人類覚醒計画の準備だ」にもなるし
「恋人と別れなければならないのは、彼にもっと素晴らしい人があらわれたので、私が捨てられた」に落ち着くこともある、と

各種宗教は、大元に開祖的人物がいるわけですが、時間とともにコスモロジーが発展していき、ややこしい物語、教理、哲学になります
コスモロジー自体の辻褄あわせが必要になるのと、他の文脈のコスモロジーを包摂し取り込んで発展するからです

物理学の大統一理論のように、宇宙全てを一元的に説明するような考え方にたどり着こうとします

それが、困るのは、狂信へと人々を導く可能性を秘めているからです

全ては神の思し召しである(この程度なら、かわいいのですが)
神の意志は、教祖様だけが知っている(あやしいぞ)
教祖様の命令には絶対服従しなければならない(あれれ)
教祖様が死を望めば、ためらわずに殺す(あらら)


妙法蓮華経要解 高麗(13世紀) 長保寺蔵


僕は常々、不思議な経験を通じて支配し依存させようすることを、拝み屋的なやりかたで、警戒しなければならないと言っているのですが、とどのつまり、自分を失えば狂信的なカルトになるからです

占い師は、あなたの運命を好転させる方法を知っているのは自分だけだと言い
ヒーラーは、自分だけが、治療方法を知っていると言い
教祖様は、自分だけが、悪因縁から解放される方法を知っていると言います

これは、背後に、執着の強い霊あるいは霊団がいて、物質世界への通路として、彼らに憑依し手先として使役している場合もあります
多いのは、単純な詐欺ですけど


強い霊団が背後にあると、天使なら天使、天狗なら天狗、猫人間なら猫人間、など、同じイメージを見て、つまり、似通った神秘体験をします
占いは、当たります
ヒーリングで病気が治ります
それは、しかし、特定の霊団が自分たちに都合のいいように使役するため、仕組んでいる場合があるということです

手口は色々ですが、一般的には
マッチポンプで
自分で火をつけて、それを消して、どうだ偉いだろう、とまあ、単純ですが、だまされますよ

しろうとさんは、なにか客観的普遍的なものを神秘体験によって知り得たと思いこみます

特定のイメージは、ほとんど、特定の個人へ収斂します
つまり、カルトの教祖へ行き着きます

カルトの教祖の変成意識状態が、あなたの変成意識状態を再構築しているのです
これを、洗脳ともいいます

たとえば
教祖さんの目を見たら、ピカーっと光ったなんてのは、ま、キツネ系とか
それはそれで不思議ですけど、だから教祖さんが神様より偉いってことにはならんじゃん

どことは言いませんが、多いぞ
特に最近は、外国製が多い


言っておきますが
自分の運命を好転させるのは、自分の努力だけです
自分の病気を治すのは、最終的には本人の自然治癒力です
悪因縁から解放されるのは、自分の心がけ次第です

助け合い、励ましあいはあっても、最後は自分です


仏教は、冷たいようですが
自灯明、法灯明と言って
自分と、自然の法則をよりどころにしよう、と言ってます

誰かに帰依しろ、と言うのは鎌倉仏教からなんです
大衆救済の方便のつもりでしょ
僕は、あまり感心しませんが

イスラムでも、神に帰依するのを、誰か特定の宗教指導者に帰依するのに、すり替えた奴がいるんだよ
これは、かなりのワルだと思うね

ラベル:

2006-12-05

悪意のある霊への対処法

悪意のある霊への対処方法なんですけど

まあ、僕はたいしたことないんで、参考にならんかもしれないけど(^^;)


基本は

自分が、神社の祈祷札状態になることです

ま、理論的には


祈祷札には、神の力が宿ります
依り代ともいいますね
で、悪い奴らは寄ってこれません

で、自分の心の状態が、祈祷札のように、神と繋がっている状態であれば、自分も周囲の人もよけいな影響を受けずに済みます

各種結界や祈祷札集め、石やら塩、など、ある程度効果はありますが、一番本質的で根本的な解決策は、自分自身の心のパワーです

神社やお寺でもらってくる、しゃもじや、ペラペラの紙札にも力があるんですから、心にパワーがあってもなんら不思議はありません

僕的には、諸々のグッズは、心を、なんと言うか、応援し励ますものであって、グッズに依存しても、問題を先送りにするだけで、解決したことにはならないと考えています


日天 紙本著色 桃山時代 長保寺蔵


具体的には、まあ、いろんなやり方があるってことになってきます

理論的には
E=hυ
で、υ=∞ が E=∞ ですから
もっとも振動数が大きい、無限大にちかい振動数の存在と繋がるのがよいということになります

ちっとも具体的じゃありませんが(^^;)

で、仏教はどう考えているかというと

いろいろな菩薩や護法善神は、夜空の月と満天の星のように、さざめき輝き、清らかに衆生を助け救っている
けれど、朝になり、太陽が出ると、月や星はそのまま天にあるが、輝きは見えなくなり日の光だけになる

その太陽が密教的に神格化したのが一字金輪仏頂如来である


と、わかりにくいですが(^^;)

つまり、太陽です
というか、太陽が持っている、空にある光の中で隔絶した輝きがある、次元の違うパワーのイメージです

神道などでも、いろいろ言うようですが

朝日を浴びることをお薦めします
基本です
で、ただ浴びるのではなく、ニッコリ微笑みながら浴びたほうが効果があります
「太陽の強さと優しさがふりそそぐーーー」ってイメージします


やっと具体的になった(^^;)

実は、実際に朝日を浴びなくても、はっきりイメージすれば、それで効果があります
まあ、ほんとに朝日を浴びたほうがやりやすいですけど
真昼の太陽でもいいです
より、強さが強調されます

これが、仏でも神でもいいんですが、信仰的な存在でも効果がありますが、もっとも直接的で強いイメージは太陽です
つまり、太陽に比べれば他のものは作り話的な存在です



守護霊とか、氏神様とか、諸々の親切な存在に頼むのは、僕的には、υ=∞ でなくて

守護霊vs悪霊
氏神様vs悪霊

で、相対的な強さでしかありません
実際、勝ったり負けたりすると思うよ

それと、他者に依存し、自分で問題解決する力がなくなります
喉が渇いたから、便所に行きたいからと言って、誰かに頼んで代わってもらうことはできません
自分で解決する力を養うことが、最終的には必要です
それができるまで、手伝ってもらうことくらいはできても、いつまでも、甘えていることはできません

でもって、普通の人間は、すぐに堕落し、俗化します(^^;)
心のパワーには強弱の波があります
いつも強い状態に保つことはなかなか出来ません

それで、昔ながらの修行とか鍛錬とかも、意味があるとは思いますよ

理想的には、悪意のある霊を、浄化し、執着と妄想から解放してあげるのがいいんですが、その前提が、心のパワーです

ほんとに悪い奴は、浄化されそうになると、逃げるよ
サッとね
悪態をつく場合も多い
ごちゃごちゃ言いながら逃げる

ま、いちいち、かまってらんないですから、とりあえず、心のパワーですね

ラベル:

2006-12-02

コンサート

昨日は、コンサートを聴きにいきました

僕は地元のライオンズクラブの会員なんですけど、335B地区と言って、大阪和歌山地区に所属しています
335B地区は12の地域に分けられていて和歌山北部は9R

335B9R下津ライオンズクラブと、まあ、なるわけです

335B地区で全部で会員が7000名ほどいます
9Rで17クラブ570名ほど会員がいます
日本全体で13万人、全世界で130万人の会員です

で、僕は今、9Rの会員会員維持委員です
役職者ですね
同じ9Rで指導力育成委員に向山さんという方がいらっしゃって、この人は、会社の役員ですが交響曲の作曲もします

それが、昨日、向山さんがレニングラード国立歌劇場管弦楽団を指揮して、交響曲と、御自分で作曲した交響詩を演奏したのを聴きにいきました

文化会館は2000名ほど入るのかな
満員でした
僕は来賓席


向山さんは、プログラムのプロフィールにありますが、60過ぎてから突如として作曲に目覚めて、今では交響曲の作曲もするという、驚くべき人です


ピアノ演奏した人のオーラが凄いのでびっくりした

演奏が終わって、アンコールになって、向山さんが涙をこらえているのがジーンとしました


ライオンズクラブの方達は、皆さん心が開かれていて、表面的には会議などでもめていても、僕的には、凄く気持ちいいですね
坊さん達の会議と逆だな(^^;)

この前の会議の時は、僕があまりに遠慮なしに発言するので、向山さんに
「すこしは、へりくだった物の言い方をしろ」
って言われてしまいました
20歳くらい年上かな
恐るべきお方に、失礼ばかりしてるなー(^^;)

ラベル: