2005-10-31

初めての加持

おばあちゃんは、何回も大病したなー

股関節骨折、膵臓炎、腹膜炎、再生不良性貧血、心筋梗塞

結局、病気では死なず、老衰で亡くなった

僕が加持をしたのは、おばあちゃんが初めてだった
大学生の頃で、高野山大学の図書館で、加持の次第(拝み方を書いたメモのような物)をいろいろ調べて、伽藍の、あるお堂の前で拝んだ

織田隆弘阿闍梨の本などを参考に拝んだ
加行する前だったので、まったくの自己流だね

印を組んで、真言を唱えながら、目の前のお堂の本尊と自分とおばあちゃんが一体と観ずる
書いたらこうなるけど、心の中に本尊さんが入って、その本尊さんになって、おばあちゃんに入る、って説明したほうがわかりにくいなー

まあ、そんな気分で真言を唱え続ける

いろんな坊さんの話を聞くが、最初は家族を加持したってのが多い
破れかぶれというか、必死だった
毎日、大学の授業が終わってから伽藍に通った

最初に拝んだ時は膵臓炎だった
どうも癌ではないかという
明日、精密検査するという

拝んでいる時、背中の左腰のあたりが痛くなった
と同時に、後頭部の右だったか左だったか忘れたが、頭が痛くなった
拝んでいるうちに痛みは消えた

織田隆弘阿闍梨の本にも、病気の場所と頭が痛くなるって話が書いてあって、効いたんかな、と思った

膵臓の検査をしたら、病気は治っていた
お医者さんは、不思議だ、不思議だと言っていたらしい
そりゃそうだろ、あんだけ拝んだんだから

あばあちゃんには、病気になる業があったんだろうと思う
治っては大病し、治っては大病した

加持祈祷をやってる坊さんが、次々と信者さんを拝んでいくようなことをするけど
「うそだろー」と思うよ
一人拝むんでも、どんだけ大変か
やればわかるよ
次から次へ拝むなんて、出来るわけないと思うけどなー
いや、できる人がいたら、ごめんね


腹膜炎では腸を出して洗った
高齢で命の保証はないと言われたが、なんとかなった

再生不良性貧血はだいぶ長く入院したが、結局、治って退院した

心筋梗塞は、買い物に行っているとき苦しくなり、救急車で運ばれた
いった先がよかった。心臓の専門病院に運んでくれた

僕が病院に駆けつけてからでも、三回ほど心停止して、目の前で電気ショックをバーンとかけて蘇生した

極めて危険な状態ということで、ストレッチャーに乗せられて手術室に運ばれた

僕は誰もいない病室で、数珠を出して繰りながら加持した
看護婦さんが、家族の待つ控え室にどうぞ、と言ってくれたけれど、静かなところで拝みたかったので無視した

拝んでいるとき、心臓が氷でも当てられたようにスーと冷たくなった
処置もうまくいったらしい
心臓の4分の3が死んでしまったらしいが、それから容態は持ち直した

峠は越したということで自宅へ帰った

そしたら、夜、布団でうつらうつらしてると、部屋の戸がスーっと開いて、おばあちゃんがのぞき込んでいる
「ありがとうよ」
そんなふうに挨拶したような気がした

てっきり死んだかと思いましたよ
で、電話した
元気だという

おどかすなよ
なんだったんだ

それからずっと入院して、最後は惚けたけど、病気では死ななかったなー


そういえば
学生時代、実家にいるはずの猫が、下宿先で寝ていた僕の枕元に座ってたことがある
死んだので挨拶にきたのか、と思って実家に電話した

死んではなかったが、けんかして片方の目が失明したという
猫ちゃんとしては、生死の境をさまよったんでしょう



♪病気の人を加持するのは、ほんとに大変よ 一瞬、因縁を受けるんだろうなー 数はこなせないとは思いますね♪ 

2005-10-30

おじいちゃんが亡くなってしばらくたったある日
夢を見た

おじいちゃんは、最後は自宅で療養した
病院でできることは、もう何もなかったし、痛みがなかったから

毎日血を吐いた
血を吐くときは、お茶の缶に吐いて、あとで看病する者が血をトイレに捨てに行った
どす黒い血をトイレに流した

その印象のせいかなー

夢のなかでおじいちゃんはトイレから出てきた

手にアルバムを持っている
そのアルバムをめくりながら、僕に教えてくれた

「この写真が初代の殿様で
こっちが誰それ、それで、この人はこんな顔」

衣冠束帯の大名が写っている写真を見せてくれた
威厳のある顔でいろんな人が写っている
どうも、僕の寺に廟所がある殿様達の写真らしかった

ほらこれ、ほらこれ、と見せてくれた


「いいから心配しないであの世にいってくれよ
こっちはなんとかやってくから」

それから、もう夢にでなくなった



♪霊界通信かもなー・・・♪

2005-10-23

僕を変えた神秘体験 その後

ほとけさんの声を聞いたことが二回ある

正確には、頭の中に響くような、はっきりした声
ハイヤーセルフってものなのかなー、とも思うけど、違うんじゃないかなー

当時、お地蔵さんを拝み込んでた

先祖供養で回向というのがあるけれど、あれは地蔵菩薩本願経が根拠で、他の経典には書かれていない
たしか、拝んだ功徳の7分の1だったかが先祖に振り向けられるという
全部じゃないのよ

うちには仏像だけで70体位あるけど、いずれ全部きちんと拝もうと思ってたので、取り合えずお地蔵様からと思い、せっせと拝むことにした

そんなある日
雨がしょぼしょぼ降る時、慣れぬ山掃除をして、雨合羽を着たままちょっと大きな溝を跳び越そうとしたとき。滑って溝に落ち、すねを思い切りぶつけた。
雨合羽は破れ、足は傷ついた。
都会育ちの僕は、田舎暮らしで、なにごとも不器用で馬鹿にされていた。周囲に溶け込めず、ひとりぼっちだった。怪我をしても笑われて終わり。

その日の晩
僕が小さい時よくおぶってくれた亡くなった叔母と、やはり亡くなった看護婦だった叔母が夢に出てきて
僕をおぶってくれて、痛む足をさすってくれた
僕はうれしくて夢の中で泣いた
目を覚ました時、枕がぐっしょり濡れていた


初めて声を聞いたのは、うちの寺のお堂で掃除をしていたとき

なんとか食えない寺を立派にしなきゃ、と思っていた
お堂をきれいにすることを考えていた
先立つものは金ですよね

せっせとお地蔵さんの前で拭き掃除をしていた
あー、これ終わったら、あれして、それからあれもして、と色々考え事をしながら掃除をしてた

そしたら突然、声がした

「三宝に仕えよ」

えっと思って、頭を上げ、思わずお地蔵さんを見た
いつもと変わらない仏像がそこにある

寺は入れものにすぎない、仏と法と僧に仕えよ。という意味だと思う
それからは、お寺の整備を後回しにして拝むことにしたよ
でも、お寺は徐々ににきれいになってきたね
何事も時間をかければなんとかなるんでないかい

掃除をして、悟りを開いた話があるなー
ハンドクといって、お釈迦様の弟子で一番馬鹿(お経に書いてあるんです)で有名な坊さん。
お釈迦様からいろいろ話を聞くのだが、すぐ忘れてしまう
「あー、俺は馬鹿だ なにも覚えられない」
それで、絶望してお釈迦様のもとを去ろうとする

町はずれまでとぼとぼ歩いて行くと、お釈迦様が、神通力でハンドクの心を知って、待っていた
「待て、ハンドク 汝に一法を授ける」
ハンドクが授かった法というのが、掃除
「きれいに、きれいに」
と言いながら掃除する
それで、ハンドクはついに、悟りをひらく

これには後日談がある

ある日、ハンドクはお釈迦様から、修行中の尼僧さん達に話をするよういいつかる。
尼僧さん達は、馬鹿で有名なハンドクがくるというので、難しい質問をしてやりこめてやろうと、待ちかまえていた
ところが、ハンドクの、悟りをひらいた人の威厳に圧倒されて、一言も発することができなかった
ハンドクは、ただ、お釈迦様から言われて掃除をして悟ったのだ、と訥々と語ったという


僕は修業上の大事な問題は、弘法大師様と直にお話しの出来る○○さんにいろいろ相談していた。
僕が尋ねると、その人がお大師様に聞いてくれる。(居るところには居るのよ、そんな人が)
それが、住職になってすぐ、大変な問題があったので、相談した。
そしたら。お大師様が○○さんに

「我が弟子にあらず」

と、言い渡したそうです。僕のことですよ。法の厳しさを思い知った。
回りの人たちが心配して、とりなしてくれるって言ってくれたけど、もう僕も天台にきたんだし、しゃあないな、と。

あれだけ拝んだけれどゼロになった。ま、相手のあることだから、しかたないよね。
それで、まあ、ケセラセラですよ。無一文になっちまったみたいな感じだった。

僕が仏様からいただいた力は失われようとしていた。


さて、ほとけさんの声を聞いた話

もう一回は別のお堂で(お堂が5つあるんです)、やはりお地蔵様の前で掃除をしてた
そこのお地蔵様に、おじいちゃんの病気の平癒を祈っていた。肝臓ガンで先は長くなかった。
せっかく密教の坊さんになったのだから、なんとかして上げたかった。

おじいちゃんは、しばしば血を吐いたが痛みがほとんど無かった。
僕が拝んでくれているおかげだ、といつも言っていた。
お大師様に見放されてしまっていた僕は、信じてくれているのに全く無力で、胸が張り裂けそうだった。

僕は、落ち込んでいて、しょんぼりとしていた。そしたら、突然声がした。
やはり、えっと驚いた

「捨てる神あれば、拾う神あり」


まもなくおじいちゃんは亡くなった
亡くなるときは、大いびきをかいて、そして、静かに息を引き取った。



♪だれが拾ってくれるのかなー、って今でも思いますけどね♪

2005-10-22

幻想論

幻想とか、共同幻想といったら哲学上の大問題で、まともに論じたらえらいことになるのだが、やっぱり避けてとおれない。


人は、自分の感覚器官でとらえた、光とか音とかの認識作用を通じて外の世界を理解している。推測・思いこみ・少々の知識・希望的観測・わずかな経験、などを織り交ぜて世界を理解しているふりをする。

ところが、他人は自分とは違う感覚で世界を認識している。自分がしがみついている世界像は、常に、自分勝手な幻想でしかない。
共通の認識、なるものは、決めごとにすぎない。それを幻想の共有とも、共同幻想ともいってしまえる

おおざっぱな言い方をすれば、国家も家族も幻想の集合でしかない。自分という存在も、幻想だということ。


仏教の唯識論も、世界は幻想であるという立場。
ただ、特徴は

幻想こそ現実

と考えているところ
人間の外側に物質がころがっている、とは考えていない。
物質も心識の作用の一部と考えている。
今風に言えば

イメージこそ現実

イメージコントロール、イメージトレーニング、イメージが現実を変える、等々
この辺の応用技術
密教も、この応用。

現実の本質が幻想だということを忘れれば、妄想になり、我執にもなる。

居心地のいい幻想なんてものは、タコ壺だってことなんだよなー


「幻想こそ現実」かつ「現実は幻想」と知る知性を、菩提心という
菩提心は、幻想を超越し、大慈悲と叡智に満たされている



♪現実即是幻想、幻想即是現実♪

2005-10-21

江田島2

僕は地元の防衛協会の理事をやっている
特になんの役にも立たず、もうしわけない

今回、初めて研修旅行に参加した
大日本帝国、陸・海軍出身者、自衛隊OB、関係者など多士済々

広島竹原の町並みを見学、フェリーで移動し小島の旅館に宿泊、大和ミュージアムを見学後江田島訪問といった日程

旅館(露天風呂が絶景でよかった)では宴会
当然、戦争中の話、自衛隊の話、靖国問題の話など色々でた
まあー、ドンチャン騒ぎで、盛り上がって面白かった

戦争中の話になると、つらい想い出話しになる
もう、遠い過去のこと

大いに盛り上がる議論に、僕のような若輩はとても仲間入りできない。皆さん口で言えぬ経験をしてきている。

それにしても、テンションが高い
歌い出すと止まらない

あーかい、ちーしおの、よかーれんはー
ドカン、バリバリ、ズキューン、バーン
なーなーつ
ドッカーン、バリバリバリ
いけー
バリバリ、ドーン、ドーン
げきついー
ドッカーン

平均年齢67ですが元気一杯なのです
呉や江田島が昔の記憶を蘇らす
特攻に出撃する前の大和を知っている人もいる



夜、部屋に帰って皆が寝静まってから、誰かが大きな声で寝言を言った

「あー、かわいそうだなー」

あれっと思って見たら
イガグリみたいな顔のおっさんがスヤスヤと眠っていた



島の朝

忘れられない悲しみは
お空の雲にあずけましょ
あずけた涙は雨となり
海の向こうの青い山
森の緑をぬらします
悲しみ知らず森の木は
大きく大きく育ちます

木陰で休む旅人が
お空を見上げて想います
青いお空の白い雲
涙と知って泣くでしょう

山で倒れたお父さん
海に沈んだお兄さん
町で焼かれたお母さん
思いだしては泣くでしょう
思い出しては泣くでしょう

海から上る朝の日が
すべてを優しく照らします
優しく照らす温もりで
悲しみ癒えることでしょう
悲しみ癒えることでしょう

江田島


戦艦大和ミュージアム
大和の10分の1の模型などが展示してある。



下の写真は
江田島の海上自衛隊幹部候補生学校
美しい環境に様々な校舎が建ち並んでいる

2005-10-19

研修旅行

今日は防衛協会の研修旅行
広島の竹原からフェリーに乗って江田島に向かいます

2005-10-18

トラスピ

トランスパーソナル かつ スピリチュアル
略してトラスピ
(スピリチュアルなんて言いにくいんで、日本語として定着しないだろうなー、と思うけど)
スピリチュアルは、元来、個人的なものですよ。分かち合うとか、共有するとかが難しい。だから、トランスパーソナルな、と注釈をつけとかないと、単なる「妄想」とか「独りよがりの思いこみ」になりかねない。


さて、
仏教はもともと、トラスピだった。
インドラとかブラフマンとか、もともといた神様達と共存していた。
(梵天の勧請といって、お釈迦様が説法を始めたのは、ブラフマン(梵天)に説法するよう勧められたからだという説話がある。)
ジャータカなんか、トラスピな話の宝庫だね。

日本にきてからも、本地垂迹とか一実神道とか言って、日本固有の神々が仏教に融合していた。
仏教の歴史は、トラスピな物語の集成だよ。


日本の生活はトラスピな色彩がつよい。
正月は神社に初詣、お盆はお寺に墓参り、年末はクリスマスを祝う。
これは、無宗教でも、いいかげんなのでもなく、トラスピなのだ、と。


・・・究極のトラスピ、なんてものはあるんだろうか

なんかの拍子に人類全てに他心通が解禁されたら、トラスピも夢ではないだろうなー

かえって混乱するか・・・


僕もそのうち、いかなる宗教とも関係ない「純粋トラスピ瞑想」なんて言い出すかもよ



♪トラスピなんて変な言葉は、やっぱ、はやらないか♪

2005-10-17

恐れ入りました8

回峯行っていろんな形で全国にある

一番有名なのが比叡山の回峯行
12年かけて、延べ1000日間比叡の峯々を歩いて拝む
途中「堂入り」といって9日間、断食、断水、不眠の行をする
回峯はその準備だという人もいる
堂入りを10日やって死んだ者がいるから9日になったそうだ
人知れず、今でも何人も行者がいる
高野山の坊さんを怖いと思ったことはないけど、あの人たちは怖いわ

悟りを開くとか、悉地成就とか、功徳を積むとか、霊性の覚醒とか、チャクラの開発とか、結局自分がカワイイのですよ。
それが、回峯行は、そんな娑婆っけがあったらできない。
自分に執着しているうちは、始められない。
そのまま死んじまってもそれでいい、と思ってないと、できるものではない。もうちょっと、ましな自分になる、などと欲があったらできない。
じゃ、何のためやってるんだ、とご質問があれば、行者さんにどうぞ。
僕は怖くて聞けません。



大峰でも最近やる人がいる
吉野から入って歩くのだが、途中は無言でなければならない
僕の友人がその行者さんをよく知ってて、聞いた話

無言で夜の山道を歩いていたら、向こうから異様な風体の者がやってくる
人間でも獣でもない。全身毛むくじゃらで素足

伝説では、行者の力を試すため、行が進むと現れることがあると言う
強烈な恐怖で、走り逃げた
無言行でなければいけないのだが、あまりの恐怖に、途中の山小屋で知り合いの者に思わず話しかけてしまったそうだ

この話を聞いた○○さん
チャネリングしてしまって、自宅で拝んでいたら出てきた
身の毛が逆立った
いつも首から提げているお守りを引きちぎっていったそうだ



熊野では奥駆けという
これは一般の人も参加出来る

それで、仲間入りできないか、熊野の坊さんに相談した

「奥、駆け、だから山の中を歩くんじゃない。走るんです。あんたじゃ、無理」


恐れ入りました


♪ぶよぶよだもんな♪

2005-10-10

恐れ入りました7

今の寺に来てから、久しぶりに高野山の奥之院に遊びにいった時のこと

知ってる者もだいぶ去り、若手が多くなってる

お守りや、供物につけるお札は、行法師がみんなで袋詰するのだけれど、囲炉裏の回りでベチャクチャしゃべりながらしてる訳ですな

ふーん

「僕の不動産屋の友達がね、お供物にはいってる紙札、どうしたらいいかって電話でたずねてきたんだよ」
「あー、オマケで入れてるペラペラの紙札」
「それで、玄関の上に貼っておいて、出かけるとき拝んどいてくれって言っておいた」
「そんなもんでしょ」
「それがね、次の日の朝、出かけるとき拝んで出かけたら、かかってきた朝一の電話で2億円の商談がまとまったって、すっごく興奮して電話してきた。今じゃ弘法大師の熱烈な信者だよ」

ベチャクチャしゃべくってた奴ら、一同沈黙
せっせと袋詰に励みました


恐れ入ったか、ですな


♪そんなことも、たまにはあるよ♪

恐れ入りました6

何回目かのインド巡拝の時

いっしょにいった学生が体調をくずしてテンカンの発作を起こした

疲れがたまるとよく出るらしい

バスの中で硬直して痙攣してしまったので、大変だった

ホテルからイスを運ばせ、座らせてイスごと部屋まで運んだ

一応、ホテルドクターを手配したけど、立派な紳士でした

知り合いの日本人駐在員に長距離電話で相談すると、絶対に注射させるなということ
エイズを恐れてのこと
どうしてもするなら、使い捨ての注射器を使ってもらい、目の前で封を切るのを見るようにとのこと

インド人のお医者さんは薬を処方してくれた
注射はなかった
薬を果たして飲ませていいもんか、迷った

そしたら、一緒に行った○○さんが、日本からテンカンの薬を持って来てるという
飲ませるようにとのこと


「えー、どうしてそんなもの持ってるの」
「出発の前、ほとけさんが、これこれの薬を持っていくように教えてくれたんじゃよ」


ほんとに、恐れ入りました


♪ケロッと治って、インド巡拝続けました♪

恐れ入りました5

僕の友人で、比叡山のある行者さんのところで小僧をしてたのがいる

一回遊びに行って泊めてもらった
行者さんは有名な方だけど、いっしょにコタツでカレーライスを食べた

その日の晩、信者さんが泊まる部屋に泊めてもらった

明け方、ウトウトしてると
頭の上に何かぶら下がっている
首つりのようだ

体がしびれるような恐怖感が襲った
こういうのは、亡くなった人が感じてた恐怖感を感じるのです。幽霊が怖いんじゃなくて、その霊魂のもっている恐怖感とチャネリングするんだろうね。
首をつった時の恐怖感のまま凍り付いているんでしょう。
めいわくな話だけど、かわいそうだよね。ま、自殺などせんほうがいいってこと。
髪の毛が逆立つように怖い奴もいるし、幽霊によっては全然怖くないのも多い。

うわっと思って、布団をひっかぶって寝た
朝の5時から太鼓叩いて勤行するんでうるさかったよ(ごめん)

それで、友人にその話をすると

「よく出るんですよ。昔の行者さんは、行に挫折すると首をつって死ぬことがよくあって、あそこと、こちらと、そっちと・・・」

出るところが、あちこちあるらしい

「宿泊した信者さんがギャーっといって叫ぶことがよくある」

・・・先に話しとけよ

それが、師僧さんが気にしないでほったらかしにしておくので、彼が全部供養して、出なくなったそうだ


恐れ入りました


♪ごくろうさん♪

恐れ入りました4

大学生だったころ
本山にいた先輩の坊さん、霊感が強いという評判だった

宿直の時など、よく部屋に遊びにいった
ビール買いに走らされたなー

僕が宿直室で一人で待ってる時、その人が見回りから帰って来たら、幽霊が座ってるのと間違えられてびっくりされた事がある。よくあるそうです。


その人に聞いた話

本山の奥まったある部屋で、当番が回向を勤める

その日は、その人が当番で、一人で回向していた
と、後ろからゾーとする感覚が近づいてきて、背中に抱きついた
ここまでは、よくある、らしい

それが、体を、ザーっと通り抜けた
そして、今度は前から抱きついて、体をザーと通り抜けた

さすがに、たまらず、立って逃げた

先輩に話すと

「あー、やっぱ出た。いい経験したね」

それだけ・・・・


恐れ入ったそうです


♪まあ、相手のあることですから。僕が坊さんなるのも悪くないなと思ったのは、この人がとってもやさしかったからです♪

恐れ入りました3

僕の寺では毎月28日にお不動さんの護摩を焚く

熱心な信者さんは、いっしょになって護摩を拝む

とある護摩の日
いつも熱心な婆さん、輝くばかりの笑顔をしてる
なにか話かけたそうだったけど、護摩のあとでということで、いつものように護摩を焚いた

終わってから、なにかいいことでもあったのか尋ねたら、高齢出産の娘の初産を心配して拝んでいたそうだ。それが、今朝、女の子が無事生まれたという。28日のお不動さんの日なので、霊験あらたかでうれしい、という

「へー、偶然にしても、よかったですねー」

それが、また28日に女の子が生まれた
他の人も入れて、知ってるだけで28日に生まれたのが3回ある

安産成就のお不動さん、てことにしました
江戸時代、盛んに安産成就を祈ったらしい(昔は出産は女の戦と言って、死ぬ人が多かったのです)
天台の護摩は星供もはいっているから、日にちに出るらしい

それが、あの喜んでた婆さん、ぷっつりこなくなった

「お体でもわるくしたんですかー」
「うんにゃ。おたくのお不動さん、女しか生まれんので、つまらん」


恐れ入りました


♪僕は霊験あると思うんだがなー♪

恐れ入りました2

最近、憑依された子供が多いそうだ

テレビゲームで、殺し合いの練習をするかららしい

目がすわる
親を罵倒する
昼夜逆転した生活をする
叱ると、白目でにらむ
「死ね!」「殺すぞ!」と頻繁に口にする
風呂に入らなくなる
いつも無気力
不登校になるか、教室にいても寝ている
食事をしない、あるいは、むさぼり食う
無口になり、受け答えをしない
独り言を言い続ける

等々

キレル子供とか、深夜徘徊する子供とか言うけど、簡単な理由じゃないんですよ

そういえば、こんな本もあります
お薦めしますよ 読まずに霊魂を語るなかれ

心を盗まれた子供たち
萩原玄明

僕的に言えば、憑依は不成仏霊の場合もあるが、その他もろもろの場合もある
それを一纏めに人格的とも言えるが、人であったかどうかはケースバイケースだろう
縁あるものではあっても先祖とは限らないように思う

ありのままの事実をうけいれない親御さんが多いね
親とセットで病にどっぷり浸かるんだよなー
僕は、絶望的になってますが・・・ ま、いいか

憑き物にも色々あるよ。ポピュラーなのが

キツネ
目つきがつり上がる 口がとがってくる 体をかがめて歩く 仲間を呼んで群れるのが好き

タヌキ
目尻がさがる 目の回りにクマができ黒ずむ 歩くとき腹が前に出る


にんまり笑うと口元が下に向かってゆがむ 口を閉じて笑うと横に口元が広がる 蛇が嫌い(好きじゃないんですよね、なぜか) セックス中毒

いちがいに言えないが、動物の特徴がでる。脳の機能でいえば、発生学的に古い部分が活性化するのかな
怒りとか怨念といったもの、そのものが古い部分の属性なのだろうね

最近多いのが

ダキニ
目つきが鋭くなる 気配を消す 凶暴系テレビゲームが好き

外国ではオオカミが多いそうな

サルもあるな
某国産の物で、えらい目にあった知り合いが何人かいる
土産にサルの人形を買ってきて友達なんかに配ったのだが、どうも、夜寝てると枕元で騒ぐ感じがする。気持ち悪くなって、みなさん捨てたそうだ。
こいつは、しつこく、つきまとうね


出雲大社で憑き物を落とすお祓いをしてくれる
相手のあることなんで、簡単にはいかんだろうけど・・・

宮司さんは、どこにどんな憑き物があるか表にして、全国の憑き物分布図をつくっているそうだ


恐れ入りました


♪え、イルカ? あれはチャネリングなんだろ、知らねーよ♪

恐れ入りました

僕が高野山の奥之院で行法師(ぎょうぼうし、受付やったり祈祷したりする坊さんね)やってるとき

毎日毎日、大勢の人がいろんな願い事でやってくる
僕は受付やったり回向したりで、ご祈祷の護摩は受付しかしなかった
そんな、ある日

ご祈祷の受付に座っていると
思い詰めたような表情の人が訪れた

「ご祈祷になるのか、回向になるのかよくわからないのですけど」
「どしました」
「琵琶湖で水死したんですけど遺体があがりません。拝んでください」
「フム」(慣れました)

あのときは、たしか、心願成就のお札を作ったと思う。一週間拝むことになった。祈祷は別の行法師がやる。

と、その日の晩
夢を見た

僕が水底を泳いでいる
水の中だけど、周囲は明るい。それほど深くはないようだ。
と、ものすごい死臭がする

そんな夢

明くる日、行法師の連中にその話をした

「いい経験しましたね」
「あー、その仏は出るでしょう」

それだけ・・・・

恐れ入りました。



♪シリーズ化するかも♪

2005-10-08

僕を変えた神秘体験 最終回

思えば、それからは、毎日が不思議体験になった

耳をよーく澄ませば聞こえてくる音楽が、特に意識しなくても大きな音で聞こえるようになったかのように。

加行を始める前、僕は、密教系のある信仰団体に入っていた。今もあるんで名前は伏せます。(僕らの世界では知れ渡ってるよ)
そこでは、各自小さな本尊さんを授かり、かんたんな作法だが毎日日課で拝むことを中心にして、悪因縁が消滅すると言って宣伝している。教祖は超能力者だということだ。比較的理論的で、まじめな人が多くいる。
僕は素朴に、そこで勧めるいろんな拝みかたを実践した。
しかし、僕は、なぜか怒りが抑えられなくなったり、夢遊病のように自分がコントロールできなくなったりしていた。理由はわからなかった。不可解で自分の状態に釈然としなかった。
加行を始めるとき、当時の監督の○○先生に、その団体がマガイモノであることを教えられた。つまり金目当ての黒魔術の団体。
病気を治すといって、カルマの付け替えをする。(一つの病気を、治したと偽って別の信者にくっつける。次から次に付け替えればネタに困らない。)先祖供養するといって霊をあつめて、蛇に変えて、自分の眷属として使役する。みんなの前で護摩を焚けば、蛇がシュルシュル、ドクロがうじゃうじゃ。チャクラの覚醒と言っては、ぶっ壊された信者が多数。なにかうまくいけば、拝んだおかげ。うまくいかなければ信心が足りない。
なんじゃらほいと思うだろうけど、組織的にやってるところはまだまだあるよ。

宗教はすべて良心的だと思っていた僕は、当然、すごくびっくりしたが、自分の状態に納得していなかったので、すぐに事態を理解し、縁を切ることにした。

それからが大変だった。夜、僕の部屋にその団体の眷属がきて「バリバリバリ」と部屋の中を走り回った。体の回りを小さな蛇がたくさんモワーととりついて、ウトウトするとブワーっと出てきた。
僕は奥之院に100日間日参して、般若心経を100回づつ唱え縁切りを祈った。熱心だということで、奥之院の行法師の皆さんと一緒に勤行させてもらうようにもなった。
日参の結願の日、最後の礼をして顔を上げた瞬間、それまで隠れていた朝日が雲間から現れて周囲をサーっと照らし出した。やれやれ、これで終わったかと思った。でも、それが終わりではなかった。
一年で加行の監督をやめ、僕は奥之院に一週間参籠することにした。毎日、玉川で滝につかり、お大師様のお膳を上げる。
参籠していたある日、友人が雑誌を持ってきた。あの団体の教祖が記事になって顔写真がでている。
「ふーん、まだやってるんだ」という印象
その日の晩、夢の中に教祖が出てきた。あの小さな本尊を、何かの儀式で拝んでる。
僕が大師法号を唱えたら、びっくりして腰を抜かした。よく見ると、体の皮膚が蛇の鱗になっている。逃げるので、背中に剣印で弘法大師の種字を書いて、ドーンとけり飛ばしてやった。
それで、終わった。
まだ偉そうに本を出したりしてるから、気をつけてね
密教の奥深さを教えてくれたわけで、それには感謝してるよ。

ブラックな奴らは、結構、たくさんいるよ。
欲と弱みにつけこむ奴には気をつけてね。

師僧さんは養子に行けと言ってうるさかった。いやになって、高野山を去り、家でサラリーマンをやってた。今では教授になった大学の先輩が、もったいないからもう一度坊主になれといって、今の寺を世話してくれた。縁があったのだと思う。天台宗なので、比叡山で一から修業しなおした。

結局、感謝してる。今の僕の考え方は、比叡山に来てハッキリと確立した。悪いけど弘法大師は天才すぎて、仏教の流れのなかで密教の位置がうまくつかめなかった。天台四教義や本覚思想にふれて、やっと腑に落ちたよ。なんで菩薩なのかとか、法華経や念仏も密教だとかね。皆さんにはどうでもいいことだと思うけど。

さて、今の寺で落ち着いたころ、大学の寮生や学友たちとインド参拝旅行にいくことになった。八大仏跡巡拝14日間。インドや中国に、もう何回もいったけど、平成4年が最初だった。
列車やバスにゆられて、各地を巡る
僕の寺の本尊はお釈迦様だから、とりわけ、心が惹かれた
パトナからラージギルに向かったのかな、霊鷲山(りょうじゅせん)のあるところ。
昼間、ガイドさんがお釈迦様の話をしてくれた。もう何十回と参拝旅行をやってるんだから馬鹿にしちゃいけないよ。いい、話だった。
深夜、バスで長時間ゆられた。

真っ暗な車中で、ぼんやりとガイドさんの話を反芻していた。
アショカ王は碑文に「神がこの世に生まれた」と刻んだという

「神がこの世に生まれた」

その言葉を思い浮かべたとき、プツッとなにかが切れて、涙が止まらなくなった。
心が釈尊の存在感で満たされた。釈尊を強くありありと感じた。天を仰いで、泣きに泣いた。
釈尊の心に触れた。
それから僕は全く別人になってしまった。


霊鷲山で、天女がいっしょにお経を唱えているのが聞こえた。スズを振るような、ちょっと高めの清らかな声。いっしょに行った○○さんに言うと
「なに言ってんの。今、五色の竜が解き放なたれて天に昇ったんよ。あんた見えんかった?」
「えー、見えませんよ」
「まだまだじゃねー」
ガクッ


♪上には上がいるよ、あきれた♪

僕を変えた神秘体験3

幸か不幸か、霊感なんか僕にはないから、平穏な日々が続いた。
なんだこりゃ、といった体験をするようになったのは加行(けぎょう)といって坊さんになる修業をするようになってからだと思う。

そう、よく考えると、あれは幼稚園の時、運動会だったと思うが
どこかの子が猛烈に泣いていた。先生が「どうしたの」と聞くんだけど泣いててなにを言ってるんだかわからない。でも、僕はそれが、ハンカチをなくして泣いているんだと、なぜかわかった。
「ハンカチなくしたの、ハンカチなくしたの」懸命に訴えるんだけど、泣いててなに言ってるんだかわからない
先生は「泣いてたらわからないでしょ、どうしたの、どうしたの」その子の体を揺さぶってたずねていた
遠くから見ていた僕は、「その子、ハンカチなくしたんだよ」って教えてあげたんだけど、やっぱり無視されたように思う
先生は一瞬こっちをむいたけど、すぐまた、その子に「泣かないで、どうしたの」ってたずねてた
どうして、わかったのか、僕にもわからなかった。なぜか、その子といっしょになって泣いてた

今考えると、他心通かなー

加行中はいろんなことをする奴がいる
断食、滝行、無言行など

僕もひととおりやった
真別所という寺があって、高野山のまた一山奥だけど、専門の加行道場になっている

滝行を毎日やった。今はもうそういうのはやらないと聞いてるけど、皆熱心だったね
高野山は冬は零下10度位になるのも珍しくない。滝が凍りついて水が落ちてこない。それをスコップで氷を叩き割って滝に入る。
本堂で坐って拝んでいると、いつまでも背中がビシャーっと冷たく冷え切っている。花入れの水は30分も拝んでいるとカチンカチンに凍りついてしまう。
ご近所の真言宗の坊さんは、人知れず、こんなことしてるんですよ
とんでもなく不真面目な奴もいるにはいたが、最後は、何故か、みな真剣になるんだなー
真言宗では行者をどつくというようなことはしないけど、しょうもない極道もそれでも真面目にやるようになるよ。道場出たら、元にもどったりするけど

さて、加行の結願の日。最後の滝行にいった。
滝は石のお不動さんの足元から流れ落ちている。どんより曇った日だった
滝から出て、お不動さんに一礼した
雲間がスーっと切れて、一筋の光が僕を照らした
「あっ」と思って顔を上げたら、スーッと雲間が閉じ光は消えた
石のお不動さんは、いつもと変わらずそこにあった
晴れ晴れとしたすがすがしさが残った

大学卒業してすぐ僕は真別所の加行監督をすることになった
本山で採用試験を受けたのだが、他の者の辞令がでても僕の辞令はなかなか出なかった。真別所がその年初めて本山管轄になり、辞令が出るのが手間取った。

そんなとき夢を見た

僕が行者の前で数珠の持ち方を教えている

それから、辞令がでた
辞令をもらってから、行者を後ろから見ていると、その行者がどんな行をしているのかわかるようになった
きちんと加持のある行者には、頭に金色の後光が見える
ちょうど金魚鉢をかぶったように、頭を中心に丸く金色に光る
ドーナツがのってるんじゃないのよ。球形なの。外側との境界線が特に濃く見えるから輪のようにも見える。

いろんな色や大きさがあるのにも気がついた
今でも目をこらすと見える
人を値踏みするようで、いやなので、もうめったに見ないよ

そのあたりから、いろいろ、不思議なことがあった
でも、インパクトはなかった
僕を全く別人にしてしまう経験はずっとあとになって起こった

続く

2005-10-07

僕を変えた神秘体験2

高校生のとき生物部だった
(昨日の夢に当時の先生が出てきた。忘れるな、ってことかいな。)
命の不思議さに、深く惹かれましたですな

毎晩セルフコントロールをやってた
深くリラックスすると、ボッ、と感覚がなくなることがおこるようになっていた
ボッという感じで、体の触感や温感が消滅して、意識だけのような不思議な感じになる。体が宙にスーッと浮くように感じたり、ぐるーっと回る感じがしたり、興味本位だね。けど、熱中しました。
暑くなく寒くなく、てのがいい。
寝入りばな布団の中でやると効果的。

なんとかタンクにはいって、真っ暗にして体温くらいのお湯にプカプカ浮いてると、感覚がなくなるとかいうのと同じものかな。アウトオンリムで体の浮く温泉で瞑想するシーンがあるけどあれもそう。
宇宙船の無重力状態も、身体感覚の軽減で近い感じになるかも。宇宙飛行士で牧師さんになる人がいるけど、わからんでもないね。
ヘミシンクと組み合わせたら面白いかも。誘導瞑想いれて。
ただ、これはブライトサイドの側にころぶといいんだけど、ダークサイドにいっちまうと危険。このへんの見極めが、なんというか、人間性やら生き様のでるところだろうね。宗教的な感性といってもいい。

商売のじゃまして悪いけど、結局これ、セルフコントロールやってたら、機械や道具なしでできるのだよ、ごめん

それで、セルフコントーロールに熱中してる時、仏教経典も読んでた。
金剛頂経の和訳を、わからんなりに、好奇心に駆られて読みすすめていた。核心部分は五相成身観。段階を追って瞑想して仏身と入我我入する。

菩薩が仏に悉地成就の方法を問うと
仏が「汝の自心の相を見よ」とさとすのだが
菩薩は「我はこれ凡夫、自心の相を見ず」と見えないことを仏に告げる
すると、仏が成就の真言を授ける
五段階あるのだが、最初が通達菩提心(WEBでもいろいろ検索できますから、見てみてね)
まあ、意味不明の(サンスクリット語だということを後で知った)呪文ですな
オンシッタハラティービーハンキャロミ
何回かくりかえして読んでみて
「ふーん、これで自分の心の形がみえるのか???」
てな感じ

で、その日の晩もセルフコントロール。
大草原で気持ちよく寝そべっている様子を思い浮かべた。

すると、ボッとした感じに続いて、意識が円盤状の形になった。
仏さんの後ろに丸い円盤がついてますね、後光というやつ、あれ。
後になって「あーこれ、形がやや似てる」と思ったのが、高野山の根本大搭の大日如来にくっついてるやつですね。知ってる人が作ってる。
表面に模様があります。体の後ろと、頭の後ろにあります。大きさは、体の大きさと比例したある決まりがあるように思う。

二日続けてできた
三日目、なんだか怖くなってやめた
仏教経典に書いてること、すべてが、全部、ほんとうのことだってことになってしまった

結局、当時いってた大学を辞めて、高野山大学に入りなおした。卒業して真別所という修行道場の監督やったり奥之院の職員したり。
途中、家にかえって不動産屋の営業してた。けど、結局、縁あって坊さんになった。天台密教の寺の住職になった。


この体験が始まりだろうね。


♪わからんもんです、人生は♪

2005-10-06

僕を変えた神秘体験1

僕はお寺の出身じゃないんです、縁あって坊さんをやってるんです。
超能力者でもないし、霊感が鋭いということでもない。

それでも、いろいろ、不思議な体験はするし、いろんなことを見聞した。
まあ、でも、まだまだスゴイのがいるのよ。相撲で言えば僕など、ようやく十両入りくらいのところでしょうね。本当の悉地成就者には、やっぱ、かなり修行しないと出会えないもんですよ。(僕より年上になるからBlogなんかやらんだろうしね)
そういう人は、いわゆる五神通ね、当然あるよ。これは、密教系でないと、ほとんど無理だろうね。なぜかって、とことんやってくと、神僧の加持がないと進めないからね。行くところまで行くと、自分であれこれ考えてやってるようじゃ、まにあわんのよ。教えてもらうの、悉地成就した菩薩に。仏教2500年の歴史の霊団はスゴイよ。

えっと、それは今回の本題ではないのです。
僕が密教やってるきっかけの話。

僕が高校生のころ、学園紛争は下火にはなってきたけど、まだまだ大きな事件があって、連合赤軍事件が高校生のころと言えば、もう昔の話になるけどね。
大学いっても校庭でデモ行進などやってて授業ができないなんてことがしょっちゅあった時代。
僕はデモにはいかなかったけど、まあ、いろんなことがありましたよ。
三島由紀夫の割腹自殺とか警察幹部の家族に対する残忍な爆弾テロとかは、けっこう身近な人が関係者だったりした。
ベトナム戦死者の死体をヘリで運んで八王子で縫い合わせてた、なんて話は知らん人も多いでしょう。

あれ、また話がそれてきた

愛とか平和とかいう言葉は、世の中にたいしてまったく非力でしたね。今は誰でも口に出すけど、当時は言えば一つの政治的な立場に立たされたりして、一口で言えば、スピリチュアルじゃなかった、世の中全体が。

そんな時代に僕は哲学少年でした。哲学書を読みふけり、本気で哲学者になろうか、などと思ったこともある。アビダルマなどの仏教哲学にも興味をもっていた。興味以上のものではなかったけど。
ショーペンハウエル、ベルクソンといったところが愛読書。そういえば、ユリイカなども読んだなー(雑誌じゃないよ、ポーのやつ)。もう細かいことは忘れちまったけど。
専門家になるには、ドイツ語やフランス語をやらなきゃならんのでめんどくせえなー、などとノンキに考えていた少年でした

それでも、哲学ってのはいろいろ考え事をしても、特に人が幸せになるわけでもなく、まあ、病気がなおるのでもない、平和を作り出すわけでもない。平和にどんな意味がある?てな調子ですから。
もどかしいって言うか、今風に言えば、左脳だけですから。右脳どころか、全人格など、どうなっちゃってるの、てこと

そんなとき、仏教経典を和訳した本を手にした。法句経から始まって、内容はよく覚えてないけど、大乗仏教経典から密教の金剛頂経まで、和訳されて一冊に編集されている本。金剛頂経は後に高野山大学で講義を聞いた先生の訳だった。手軽な経典入門書てなもんですな。

法句経やアビダルマなどは、読んで考えて、ある程度理解することができる。これが、般若経典から密教になったら、もう全くわからん。

今考えても、なんで始めたのか思い出せないけど、そのころ成瀬悟作のセルフコントロールを熱心にやってた。リラクゼーションを深めていって、手の重量感や温感を感じていく。それが、潜在意識のコントロールにつながる。
やってると、幽体離脱みたいになることもある
寝る前に、熱心にやったなー

初めての仏教経典は魅力的だった。平気で、こうすればこうなる、って、まるでホラ話みたいなことを延々と書いてたりするけど、経典のなかでは辻褄があってる。複雑精緻な専門用語。そして2500年間の気の遠くなるような研究の継続。インド、チベット、パーリ、中国、日本での甚深広博な歴史。
これに比べれば、西洋哲学や今はやりのチャネリング書など簡単でええわ。仏教は宗教でなく哲学だ、などとはよくいわれる言葉だけど、己の無学をさらけ出してるとしか思えない。今風に評価したいなら、トランスパーソナルでスピリチュアルな物語の集成とでも言ったらいいと思うよ。とにかく2500年もやってるんだから、およそ、霊的な事に関しては全ての思いつきが出尽くしてるんじゃないの。知らんで勝手なこと言ってたら恥ずかしいよ。

密教はまるで歯が立たなかった。理解不能。これが10代の終わりの僕でした。

続く

2005-10-05

瞑想CD

山川夫妻の瞑想へのいざない[CD]
ちょっと前に買ってやってみた

どんなもんなんだろー
というだけのこと 興味本位

それで「ハイヤーセルフに会う」という誘導
道を歩いていって・・・小川が流れていて・・・広場に人がいて・・・
「はあ、いいですよ、思い浮かべました・・ハイ・・」てな感じでボンヤリと聴いていた

そこいるのが、あなたのハイヤーセルフです・・・
「あ、そー・・・」
もっと近づいてください
「ハイ、ハイ」

と、ここで
イスにすわってCDを聴いていたんだけれど
突然、意識が宇宙空間にポカッと浮かんでる

吸い込まれるような闇のなかに、無数の星がちりばめられている

「うわっ」
驚いて手足をバタバタさせた

フッとイスに戻った
「なんじゃ、あれは」

誘導瞑想、恐るべし
それからいろいろやったけど、もひとつなので、飽きてやめちゃった

でも、また買います
山川紘矢・亜希子の誰にでもできるやさしい瞑想入門

こんど、うちでコンサートをしていただく矢吹紫帆さんが音楽を担当されています
ムフフ

いちだんとパワーアップしてると思うよ

2005-10-01

調和

天台小止観の中に、調身・調息・調心が書かれていますが
これは調和の章がもうけられていて

「いかなるをか名づけて調和となすや。いわゆる五法を調うるなり。一には飲食を調節し、二には睡眠を調節し、三には身を調え、四には気息を調え、五には心を調うるなり。」

と説いている

順序からいうと

飲食を調え
睡眠を調え
身・気息・心はひとまとまりに調える

そうすれば三昧が生じ易いと説く
気息ってところがフムフムですな

まあ、食事法は、あれよ、霊的な生活をする基本よ

飲食については、とくに精進料理を勧めているということはないようです
食べ過ぎ、少な過ぎ、穢れた物がだめらしい

密教に、食事の時、覧字を観じ汚れを焼尽する作法があるけど、やっとくかな
研究続行ですな

還元水はいい線いってると思いますね
発酵食品、ミネラル、など研究中

タンパク質は、最近はアミノ酸で摂取する研究があるけど、動物質だめとか、純粋な植物食でもいいとか、いろいろだなー
いちばん、わからないところですね
知ってる坊さんで、まったくの精進で平気なのがいるからね
どうなってるのかね


睡眠は多すぎることを戒めている
拝んでても、突然スッゴク眠くなって、「このまままひっくり返って寝ちまおうかな」なんてくらい眠くなることがあるけど、あれは、大抵、動物霊が来てるのです
眠り続けるってのは、シーラカンスがずっと海底に棲みつづけるようなもので、生命進化を止めるような意味があるのかも
禅定が深まると睡眠時間が短くなってくるのは確かだね


人が間違ったことやってんじゃないかと感じて
「そっちいっちゃだめだー」
って忠告しても全然聞き入れなくて、やっぱり崖から落っこちる、てなことが、よくあるけど

あれは、シーラカンスがシーラカンスのままでいる、ってことだと思うよ

「タコ壺から出なきゃ死んじまうぞー」って叫んでも、やっぱ出てこないで、食われちまう

最近はね、そういう人は、何回も、何十回も生まれ変わって、いろいろ自分で思い知って、そしたら、ひょっとして気がつくチャンスが有るのだろー、と考えるようになった
時間は、無限にあるからね
5000年でも3万年でも、すきなだけ生まれ変わればいいよ


僕はやだね

いちぬけたー、で向こう岸にいきますよ


♪プロセスは止めないよーん♪