2014back


  1. DEC
    29
     

    「癒される瞑想」26 奥深い瞑想ですが、簡単にできます

    瞑想するのは簡単です
    ぜひやってみてください


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  2. DEC
    28
     

    「癒される瞑想」25 大きな乗り物

    神仏が助けてくれるから、空を獲得することができる、と考えるのが大乗仏教です(日本仏教)

    大乗とは、大きな乗り物、優れた乗り物という意味です
     
    大乗仏教では、上座仏教(タイとかスリランカなど)の、自己努力と法(ダルマ)だけによる方法では、三劫(約38億3,952万年)時間がかかると考えています
     
    堂々巡りや、迷子にならないためも、神仏の助けが必要です
     
     

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  3. DEC
    27
     

    「癒される瞑想」24 神仏の助け

    「最高の自分になる」と決意して道を歩むとしたら
    自ずと、その道の先を歩んでいる存在が想定されることになります


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  4. DEC
    24
     

    「癒される瞑想」の理論的背景23 普遍性

    仏教の瞑想は、プラトン哲学や量子論と、その基本構造に大きな矛盾がありません
    なおかつ、現在の大脳生理学とも、大きな矛盾がありません

    Quantum Senseの解説

    「QuantumSenseと仏教」


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  5. DEC
    23
     

    「癒される瞑想」の理論的背景22 世界観

    ぱっと目をつぶったら、我々の周りは全て、感じる前の世界になります
    感じる前の世界に、無数の人々がいます
    過去、現在、未来も、感じる前の世界にあります

    そして、感じる前の世界には、無数の仏、菩薩がいます
    たった1つの存在になるわけではなく、それぞれ別個の存在です


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  6. DEC
    22
     

    「癒される瞑想」の理論的背景21 空=空

    お互いが、お互いの脳内世界を抱え込んでいる世界を、華厳経で「重々無尽縁起 じゅうじゅうむじんえんぎ」といいます

    般若波羅蜜に依るがゆえに、阿耨多羅三藐三菩提を得る」般若心経

    智慧の方便によるがゆえに、無上正当正覚を得る

    無上正当正覚=空=感じる前の世界=真実の世界

    隅寺心経についてはこちら

    図解 般若心経
    http://www.chohoji.or.jp/houwa/hannya.htm


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  7. DEC
    21
     

    カレンダー

    来年のカレンダーです


    Quantum Sense 
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  8. DEC
    20
     

    「癒される瞑想」の理論的背景20 お釈迦様の脳内世界


    もともとは、仏教哲学には空観と唯識観という二大潮流があって、空観はナーガルジュナの大智度論(大般若経などにもとづいています)、唯識観(華厳経などにもとづいています)はバスバンドゥの成唯識論に代表される、膨大な論書が作成されました
    それが、今から約1300年前に密教が集大成される時期に、胎蔵曼荼羅(空観を主題にしている)と金剛界曼荼羅(唯識観を主題にしている)に整理されます

     
     

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  9. DEC
    19
     

    「癒される瞑想」の理論的背景19 気持ちが通じる

    「気持ちが通じる」ことは、なかなか難しいことです
    しかし、全く不可能というわけではありません

    自分の私利私欲を忘れて、「共感」から、もう一歩踏み込めば、「気持ちが通じる」ことがあるのではないでしょうか


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  10. DEC
    18
     

    「癒される瞑想」の理論的背景18 共感と慈悲

    「感覚器官で感じる前の世界」は、私利私欲の無い、我執の無い世界です

    自分の「脳内世界」と他人の「脳内世界」の間には「通路」がありません
    「脳内世界」は「感覚器官で感じる前の世界」とだけつながっています

    「共感」は「感覚器官で感じる前の世界」にあります
    他人の苦しみや喜びを我が事として感じる「共感」は、損得、利害を離れなければ感じられません

    「共感」が無ければ、「慈悲」はありません

    「共感」に基づいた「慈悲」から、ほんとうの「微笑み」が生まれるのではないでしょうか


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  11. DEC
    17
     

    「癒される瞑想」の理論的背景17 共有、共感

    脳内世界は、必ず、各人各様別々のものになります
    では、なぜ、共感や共有があるのでしょうか


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  12. DEC
    16
     

    「癒される瞑想」の理論的背景16 月を指す指

    神話的コスモロジーの構築、という概念でカルトを説明できます
    洗脳と、神話的コスモロジーを組み合わせて、カルトを構築します

    似たようなことを探せば、社会の様々な場面で見つけることができます

    仏教で言うところの「月を指す指」は、月が一つしかなくても人の数だけ指がある、ということなのです
    今、我々は、そうした宿命の中で生きているということに気づかなければ、自分だけが正しいという、神話的コスモロジーに全面依存する、カルトにはまった状態と大差ないのです

    「自灯明 法灯明」という言葉は、この宿命に対する、仏教からの回答ではないでしょうか(涅槃経に書かれた、お釈迦様の遺言です)

    「癒される瞑想」でいえば、「自分を信じる」ということです

    「宗教クライシス」要約 上田紀行著 
    本はなかなか手に入らなくなりましたので、要約を作って、ここに置いてあります


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  13. DEC
    15
     

    「癒される瞑想」の理論的背景15 グルメリポート

    いわゆる、変性意識状態、深層意識、深層心理と呼ばれる体験は、通常の五感による経験などど違い、簡単には共有できません
    説明するための、神話的コスモロジーが必要になります
    似通った神話的コスモロジーの集合を、共同幻想と言うこともできます

    「宗教クライシス」上田紀行著 岩波書店 

    神話的コスモロジーと深層意識のイメージとの一体化は、共同体が保持しているコスモロジーと深層意識の一体化であるから、「絶対的な私」の感覚を強烈に持ちながら、共同体とも絶対的なつながりを持っているという感覚へわれわれを開いていく。しかし、コスモロジーの行き先はあらかじめ決められているため、盲信へ閉じていく性格を持っている。 

    深層意識でのイメージはコスモロジーがあらかじめなければ、体験とならず、他者とも共有できない。
    宗教体験の核心には、神話的コスモロジーが必要である。コスモロジーが宗教体験を可能にし、人間どうしの根元的なつながりを生み出すが、ひとつの限定された物語に収束されてしまうが故に、他の宗教や文化における根元的なつながりを理解できないのである。

    つまり、自分の体験を、ある種の世界観(コスモロジー)の中の出来事として意義付けます

    たとえば
    「恋人と別れなければならないのは、前世から自分で計画していた学びである」などと、意味のある行為として評価します
    これは、別の文脈になれば
    「恋人と別れなければならないのは、前世で人を裏切ったカルマがあるからだ」にもなれば
    「恋人と別れなければならないのは、神の意志による人類覚醒計画の準備だ」にもなるし
    「恋人と別れなければならないのは、彼にもっと素晴らしい人があらわれたので、私が捨てられた」に落ち着くこともある、と

    「宗教クライシス」要約 上田紀行著 
    本はなかなか手に入らなくなりましたので、要約を作って、ここに置いてあります


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  14. DEC
    14
     

    「癒される瞑想」の理論的背景14 Parallel world

     
    たとえば、宗教教義の「解釈」や意味の「説明」は、脳内世界の了解をどう辻褄合わせするか、ということにすぎません

    「解釈」や「説明」は、真実の世界ではないからです

    人間の頭の数だけ、脳内世界があることになります

    円頓章(天台宗でよく使うお経)に
    己界・仏界・衆生界と説かれています
    己界(自分の脳内世界)、仏界(真実の世界)、衆生界(自分以外の脳内世界)

    円頓章 解説
    http://www.chohoji.or.jp/houwa/index.htm


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  15. DEC
    13
     

    「癒される瞑想」の理論的背景13 祈り

     
    感覚器官で脳内に形成された世界が「脳内世界」で、見る前・聞く前の世界が「真実の世界」です

    仏教経典の勉強は「脳内世界」に属します
    祈りは「真実の世界」に属します

    キリスト教でもイスラムでも、信仰のない人でも、祈りは祈りです

    仏教と量子論との接点については、こちらをどうぞ
    Quantum Senseの解説


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  16. DEC
    12
     

    お歳暮

    お歳暮をいただきました

    パワーストーンのネットショップでは、老舗と言っていいでしょう

    卸売もやっているので、皆様のお近くのお店にあるパワーストーンも、こちらで輸入したものかもしれませんね

     
     
     

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  17. DEC
    11
     

    「癒される瞑想」の理論的背景12 天台と真言

    天台四教義は五時八教のなかで説かれています

    五時八教については、ここでは簡単にふれるだけにします、なにぶん、天台学の精髄ですので、ややこしいのです(汗)

    五時
    華厳時   (華厳経)
    鹿苑時   (阿含経)
    方等時   (維摩・思益・金光明・勝鬘等の大乗経)
    般若時   (諸種の般若経)
    法華・涅槃時(法華経・涅槃経)

    化儀四教
    頓教  仏の悟りそのものの教説
    漸教  浅略から次第に深く説く教説
    秘密教 相互に知られず、能力に応じて理解される教説
    不定教 教示をうけた側で、能力に応じて理解される教説

    化法四教
    三蔵教 小乗仏教
    通教  声聞・縁覚・菩薩に共通した教法
    別教  一般的な大乗仏教
    円教  天台の教法
    それで、日本にきてから、これに密教が付け加えられました
    この付け加え方に、時代的変遷があって、苦労したのがわかります
    いずれにしても、真言宗で言う、顕密二教の分類とは全く違います

    天台密教では、教主は釈迦如来です、で、釈迦大日一体とします
    真言密教では、教主は大日如来です

    無量義経に「釈迦牟尼如来を毘盧遮那遍一切処と号す」と書かれていて、 釈迦、大日一体の仏教経典による根拠とされているのですが、慈覚大師と智証大師は入唐して大興善寺の元政阿闍梨に釈迦、大日一体であることを念を押して確認して、仏教の正しい伝統であることをはっきりさせました

    弘法大師は十住心論で、「顕薬塵をはらい真言蔵を開く」として、密教以外を薬の能書き、密教だけが薬、というように、釈尊のお経をばっさり切り捨てて、分類しました
    大日如来>釈尊で、密勝顕劣ともいいます

    現在の真言宗は、観音経や般若心経を祈祷に使って、その霊験を認めています

    比叡山では、伝教大師が大乗戒を確立するため、徳一と激しい論争をして、大変な苦労をしました
    大乗戒が公に認められたのは、伝教大師の死後です
    これは、日本独自の戒律で、現在の日本仏教は、その大乗戒を守っています

    弘法大師は、東大寺で行われていた有部律の具足戒(ミャンマーやスリランカと同じ、250程戒律があります)をそのまま採用し、その上にさらに密教の戒律を守ることを求めています


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  18. DEC
    10
     

    「癒される瞑想」の理論的背景11 経典の霊験

     
    仏教経典のほとんどには、理論的説明や説話だけが書かれています

    仏教経典のうち、法華経・阿弥陀経・般若心経・密教部経典は、「真実の世界」に属しているでも、属していないでもない経典に分類されます
    「拝んでみて、霊験があったから」というのが、一番の理由ではないかと思います

    天台宗は真言宗の約3倍の経典を中国から持ち帰っています
    八家秘録(平安時代入唐した八人の僧の請来目録)によると

    真言宗関係の請来書
    465部  888巻

    天台宗関係の請来書
    1201部 2326巻

    天台宗は慈覚大師、智証大師などにより、最新の経典を根拠に広い視野で密教をとらえるようになっていきました

    一口に「比叡山は日本仏教の母山」と言いますが、主な宗派の開祖は皆、一度は比叡山で学んでいます。

    法然
    (1133-1212)
    浄土宗
    15才の時、比叡山で得度

    親鸞
    (1173-1262)
    浄土真宗
    始め比叡山に学び、後に法然の弟子となる

    栄西
    (1141-1215)
    臨済宗
    比叡山に学び、密教の一派、葉上流を興す
    二度入宋し天台山にて禅を学ぶ

    道元
    (1200-1253)
    曹洞宗
    始め比叡山に学び、栄西の弟子となる
    栄西没後入宋し曹洞禅を学ぶ

    日蓮
    (1222-1282)
    日蓮宗
    比叡山にて法華経を学ぶ


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  19. DEC
    9
     

    「癒される瞑想」の理論的背景10 勧善懲悪

     
    おおまかに言って

    小乗仏教(上座仏教)、我執を取り去る、懲悪
    大乗仏教(日本仏教)、善いことを勧める、勧善、と整理することができます

    上座仏教は懲悪を重視するので、戒律を重視し
    大乗仏教は勧善を重視するので、読経・念仏・題目・真言を重視します

    お経などの「意味」は、つまりは脳内世界ですから、あまりこだわっても自我にとらわれる世界から抜けだせません

    禅宗には、「不立文字」という言葉がありますが、同じ意味で使われていると言えます


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  20. DEC
    8
     

    「癒される瞑想」の理論的背景9  「真実の世界」得るにはどうするか

    感じる前の世界が「真実の世界」です
    「我執」が脳内世界を作っているわけですから、「我執」を取り去って「無我」になれば「真実の世界」を得ることができる、というのは正論です

    上座仏教では250以上の戒律があって、無我を求めています

    ただ、自分が、見たり、聞いたりして、それを心で感じて生きているわけですから、そこから自分を取り去って「無我」になるのは、かなり大変です

    「真実の世界」について、仏教哲学で様々に説かれています
    全ての言葉を完璧に理解するのは、ほぼ無理でしょう(^^;;

    般若心経
    不生 不滅 不垢 不浄 不増 不減

    大智度論
    不生 不滅 不去 不来 不一 不異 不常 不断

    円頓章
    實相 中道  法性寂然

    本覚讃
    本覚 常住妙法 具足三身徳 三十七尊住心城 塵数諸三味 遠離因果 無辺徳海本円満 

    戒律を保って「無我」になったり、言葉の理解を深めたりするのも、「真実の世界」に近づく方法ですが、他にも方法があります

    それが、瞑想です


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  21. DEC
    7
     

    「癒される瞑想」の理論的背景8 仏教の解説

     
    仏教の「仏」という言葉は、サンスクリット語のbudhという言葉の音を漢字にしたものです

    budhは「目覚める」という意味です

    般若心経や円頓章、本覚讃などで、真実の世界について説明されています

     
     

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  22. DEC
    6
     

    「癒される瞑想」の理論7 脳神経が作った映像

     
    我々は、感覚器官で外界を感じて、脳内世界を作っています
    感覚器官でとらえたイメージで、自分の心を作っているのです
    不完全な認識に基いて、自分の心を作り出していると言うこともできます
     
    苦楽、幸不幸は、不完全な認識を元にして感じていることになります
     
    自分の感覚器官が作り出したイメージにしがみつく「我執」が、苦や不幸を作っている、とも言えます
    我執を離れると、悟りの世界があります
     

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  23. DEC
    5
     

    「癒される瞑想」の理論6 不生不滅

    感じる前の「真実の世界」を仏教では、どのように説明しているか、です

    般若心経 (部分)

    舎利子
    色不異空。空不異色
    色即是空。空即是色

    是諸法空相
    不生不滅。不垢不浄。不増不減

     
    舎利子(智慧第一のシャリープトラ)よ
    色は空に異ならず。空は色に異ならず
    色はすなわちこれ空。空はすなわちこれ色
    諸法は空を相とし
    生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減らず

    大智度論(八不偈)
     
    不生不滅
    不去不来
    不一不異
    不常不断 (動画では不同としていますが不常が正しい表記です)


     
     
     

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  24. DEC
    4
     

    「癒される瞑想」の理論5 時間も空間も無い世界で生きている

     
    自分の感覚器官を通じて、脳内にイメージを構成する時、「歪み」が生じます

    妄想、誤解、間違い、思い込み、見落とし、などが生まれます

    我々は、世界を感覚器官を通じて感じて(学習や経験)、脳内に自分の世界を作っているのですが、それは、「不完全な世界」です

    時間や空間や、生きるとか死ぬという意識は、脳内の不完全な世界に作られたものです

    私からみて、みなさんは、目で見えていない世界、つまり、空の中にいます
    みなさんからみて、私はカメラの前にいるのですから、目で見えていない世界、空の中にいるのです
    実際は、我々は、空の中、真実の世界で生きているのです

    たとえば
    辛い仕事をしていると、時間がたつのが遅い
    楽しい時間は、あっという間
    といった経験があると思いますが、心が時間を作っているから、時間を長く感じたり、短く感じたりするのです


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  25. DEC
    3
     

    お歳暮

    毎年珍しいものを、ありがとうございます
     
     
     
     
     
    NEKO ネコ・パブリッシング発行 

     

    2003/10月号 室井滋さんの「くるくる猫友達」でチーとクーを紹介していただきました。

     
     
     

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  26. DEC
    2
     

    「癒される瞑想」の理論4 心が苦楽を作っている

    緑色の小鳥はメジロ、白黒の小鳥はエナガです

    我々は、感覚器官を通じて認識したことに基いて、苦楽とか幸不幸を感じています
    世界を認識する時に、世界の全てがわかっているわけではなくて、その一部分しか認識していません
    世界の全体像の大部分が欠落しています
    つまり、不完全な認識に基いて苦楽や幸不幸を感じているのです
    そして、人は、そうやって生きていくしかありません

    感じる前の世界が、苦しみの無い世界です
    感じる前の世界ですから、なにも感じてないわけで、苦も楽も、幸も不幸も、感じてないわけです

    単純に言えば、それが仏菩薩のいる世界です
    苦楽や幸不幸から開放された、純粋な世界です


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  27. DEC
    1
     

    「癒される瞑想」の理論 3  世界の一部しか感じていない

    単純な図ですが、この図を理解することで、瞑想の仕組みを理解することができます

    感覚器官を通じて世界を認識する時、世界の全てを感じるわけではありません
    常に、世界の一部しか感じていないのです

    世界の一部を感じることによって脳内に形成された認識を「脳内世界」と呼ぶことにします
    「全て」の一部分を感じています

    世界の一部を感じる時、生きていくのに必要なことが最優先されます
    それが、脳の仕組みです

    目を閉じても、耳を塞いでも、世界はそこにあります
    その世界は、「脳内世界」とは違って、全てがある世界です
    見えていない世界に全てがあるのです

     

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  28. NOV
    30
     

    「癒される瞑想」の理論 2 仏教の考え方の基本

     
    我々は感覚器官を通じて外界を認識して脳内に再構成しています

    眼、耳、鼻、舌、身体、の五感を通じて外界を認識して、脳内でそれらを解釈しています
    自分が生きるために必要な情報が、最も重要です

    自己の生存を中心に、世界を感じています
    宗教的信念とか考え方がどのようなものであっても、これは変わりません

    これが、2500年前から続いている、仏教の考え方の基本です
    現代の解剖学とも一致する考え方です


     
     

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  29. NOV
    29
     

    「癒される瞑想」の理論 1

     
    これから何回かに分けて、「癒される瞑想」の理論的背景についてお話しします

    各宗教には、色々な特色がありますが
    瞑想の理論については、仏教が歴史も古く、最も重視してきたので、他の宗教などに比べ­て、圧倒的に精緻で高度な理論があります

    瞑想の仕組みを説明するには、仏教が一番適切だと言っていいでしょう

     
    「癒される瞑想」のやりかたそのものは、単純で、理屈を知らなくてもできます
    ただ、その背景に、長い仏教の伝統と理論があるのです
     
     

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  30. NOV
    29
     

    11月29日の紅葉の様子

    今年は、最近では稀に、珍しくよく色が来ました
     
     

    2014年11月29日の参道の紅葉

     
     
     
     
     
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  31. NOV
    25
     

    ロシアからのアクセス

    最近このBlogは、外国からのアクセスが増えてきています
    仏教のややこしい理論などにも、かなりの興味をもっていただいているようです

    一番多いのがアメリカからのアクセス
    国内からのアクセスは2番目です
    アメリカからのアクセスは、日本からのアクセスの3倍から4倍あります

    で、その次、3番目に多いのが

    ロシアです

    理由はさっぱりわかりません
    まあ、ロシアは国境を接した隣国ではあります

    日本人で、ロシアに興味をもっている人は、そんなに多くはないと思いますが、
    ロシアからは熱い視線が注がれているのです

     
     
     
     
     
     
     
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  32. NOV
    23
     

    長保寺 紅葉の様子 11月23日(日)

     

    長保寺の今朝の紅葉の様子です
    昨日の経冷え込みで、少し色が来たようです

    大門前で、落葉掃きをしてくださっている近所の方にBlogの話をしました

     
     
    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     
     
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  33. NOV
    22
     

    参道の紅葉

     
    温暖化の影響で、最近はきれいに紅葉しません

    今年は、ちょっと色づいているようです

     
     
     
    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     
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  34. NOV
    21
     

    ジパング倶楽部 「旅のアトリエ」に掲載されます

     
    2014年12月号の「旅のアトリエ」という旅行パンフレットで紹介されました
    JR西日本が各駅などに置くらしいです
     
     
     
    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     
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  35. NOV
    20
     

    和歌山県立博物館 熊野への道

    特別の許可をいただいて撮影しています
    図録のキャプションをお書きになった大河内さんにも出ていただきました
     

    12月7日まで開催の特別展「熊野への道」に長保寺の細字法華経が出陳されています

    明治になってから長保寺に寄進されたもののようです

    如法堂の本尊として使用するために書写されたようですが、実際に使われたかどうかはわかりません

    修験にもいろいろな系統があって、三井寺系の方のようですが、長保寺との関係は、今となっては、わからないです

    米粒大の文字で、定規で測ったように真っ直ぐ書かれ、類例のない法宝であることには違いありません

     
     
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  36. NOV
    19
     

    長保寺 夕刻

    一日の終り
     

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  37. NOV
    17
     

    Cutlass fish

    釣れたての太刀魚
     
     
     
     
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  38. NOV
    15
     

    鎮守堂 本来の姿

    長保寺の鎮守堂は、現在は桧皮葺ですが、一時期瓦屋根だった時があります
    総合的に検証して、一間社流造檜皮葺であったという結論を出して、昭和2年に現在の姿に復元されました
     
     
     
     
    鎮守堂の写真(昭和2年の修理直前の写真と思われる)
    檜皮葺ではなく、本瓦葺(ほんがわらぶき)の屋根になっているのがわかる
    大正3年の記録には桟瓦葺(さんがわらぶき)と書いてあり、いずれかの時点で吹き替えられている
     
     
    長保寺絵図面(廟所絵図)  海南市指定文化財
    長保寺の伽藍の様子を知ることのできる、最古の図面

    一幅 紙本著色
    縦191.7 横214.2
    江戸中期

    陽照院(現在の長保寺)の、伽藍および紀州徳川家の廟所・墓地を描いた資料である。近世の長保寺寺領については、慶長6年(1601)に浅野幸長が浜中上村の5石を寺領としたのち、寛文12年(1672)に徳川光貞から500石を加増されている。本図はその際に確定された、境内と墓地について描いたものである。藩主の墓が深覚院(第4代藩主頼職)までしか書かれていないことから、本図が作成されたのは吉宗もしくは宗直の藩主時代のことであると考えられる。江戸時代中期の長保寺の伽藍・廟所の状況を知る上で貴重な資料である。

    和歌山県立博物館「吉宗と紀州徳川家」より

     
     
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  39. NOV
    14
     

    鎮守堂

    長保寺 鎮守堂(ちんじゅどう) 1295 重要文化財

    長保寺で一番古い建造物です

    屋根は檜皮葺(ひわだぶき)
    檜の皮を薄く剥がして、短冊状に切りそろえて、竹釘で打って葺きます

    一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の総檜建です

    隣山にある八幡社は、移築ではなく、江戸時代に新たに建てられて、長保寺から遷座された八幡様をお迎えしました
    江戸時代を通じて、明治時代までは、長保寺の住職が管理してお祀りしていました
    明治の神仏分離で、長保寺の管理から離れました

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  40. NOV
    12
     

    Black Cat

    クー 16歳です
     
     
     
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  41. NOV
    9
     

    自分の「良心」を信じる

    仏菩薩を尊敬し
    八百万の神を尊敬し
    イエスキリストを尊敬し
    アラーの神を尊敬し
    自分を信じる
     
    これで、誰とでも仲良くなれます
     
     
    どんなに偉い神仏でも、自分の代わりに職場に行って働いてくれたり、朝起きてトイレにいってくれたり、腹がへったら飯を食ってくれる、というわけではありません
    生きていくのは自分です
    自分を信じてください
    あなたが信じる、自分の「良心」が、ホトケの心に続いています
     
    自分の「良心」を信じてください
    「良心」を突き詰めていくと、仏心に突き当たります
    そこまで言い切るのは、仏教だけです
    キリスト教やイスラムでは、人は絶対に神にはなりませんが、仏教は、なんてったって成仏を目指してますからね
     
     

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  42. NOV
    7
     

    「色」と「空」

     
     

    「空」は、哲学的立場であるともいえます
    触ることも、見ることもできませんから

    今、モニターを見てらっしゃいますよね、では
    パッと目をつぶってみてください

    その間に、モニターは月の裏側に飛んでいってます

    なわけはないのですが 見てないから、わかりません 
    わからないけど、ある 

    それが「空」です

    だからどうした、とおっしゃるかもしれませんが、 我々は感覚器官を通じて外界を認識して脳内に再構成しているのです
    ですから、実際は、脳内世界を生きているわけです
    で、真実の世界は、感覚器官で感じる前の世界なわけです

    脳内世界が「色」
    真実の世界が「空」です

    感じる前の世界には、生じることも滅することも、垢つき汚れることも清浄なることも、増すことも減ることも無く、一でも異でも常でも断でも去でも来でも無く、「完全な秩序」があります
    しかし、自分の感覚器官を通じて、脳内にイメージを構成する時、「歪み」が生じます
    妄想、誤解、間違い、思い込み、見落とし、などが生まれます
     
    瞑想によって、歪みのない世界に触れ、バランスを取り戻し、素直で冷静な気持ちになります
    悩みを解決し、窮地を救い、行き詰まりを打開する「慈悲と智恵」が自分の中から生まれます

    癒される瞑想
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  43. NOV
    6
     

    仏教の個人化

    大まかに、流れを考えると

    日本の仏教は「壮大な伽藍」から始まり、平安時代に「山岳仏教」になり、中世に日本的な発展を遂げつつ「地方へ伝播」していきました
    江戸時代に「檀家制度」が確立し、今日では「各家庭に仏壇」が置かれるところまできました

    寺院は国家から地方、そして小さな村落へと変化しつつ発展してきました。そして今は各家庭に仏壇が置かれるようになり、違和感無く我々の生活に溶け込んでいます。

    国家中枢⇒上流階級⇒地方豪族⇒地域社会⇒家庭ときて、こんどは個人でしょうか

    たとえて言えば、大規模通信設備⇒公衆電話⇒家庭の固定電話の次に携帯電話がきたように、仏教の個人化がくると考えられます

    日本仏教は、徐々に権威から離れ、個人を中心としたものに向かっています
    ということで、これからの仏教は携帯電話に似たものになる、とも考えられるのです

    その答えの一つが、癒される瞑想です

    癒される瞑想
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  44. NOV
    5
     

    長保寺 癒される瞑想 013 まとめ

    呼吸は、意識と無意識の両方にまたがっています
    普段は無意識に呼吸していますが、意識して呼吸することもできます

    ですから、呼吸に意識を集中すると、無意識に近づけます

    我々は、自覚して意識的に生活するよりも、無意識になにかしているほうが多いのです
    ですから、無意識はとても重要です

    「だいじょうぶ」「うまくいくよ」という言葉よりも、慈悲の感触が大事です
    無意識が慈悲の感触で満たされるためには、瞑想が必要です

    無意識であればなんでもいい、ということではありません
    慈悲の感触を感じなければなりません

    仏教は、あまり言葉で慈悲について説明してきませんでした
    それは、仏教の求めている慈悲は、想像をこえたものだからです
    自分の中から、説明のつかない、想像をこえた慈悲が湧き出るのです
    想像をこえた慈悲を、仏教は求めています

    瞑想して、修行を完成した存在が想定されますが、そうした存在が、今なにをしているかをイメージするわけです
    言葉で言えば、慈悲の行いをしてるわけです
    手短に言えば、それをまねる、ということです

    呼吸に意識を集中して、心が自分の中から湧き出る、想像をこえた慈悲に満たされる
    それが、癒される瞑想です

     
     
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  45. NOV
    4
     

    Sesame turnip

    蕪の胡麻あえ
     
    畑で採れた蕪を糠味噌漬にしたので、葉を胡麻あえにしました
     
     
     
     
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  46. NOV
    3
     

    十夜会 不断念仏

    大治3年(1128)よりおこなわれている念仏法要です

    中国の五台山の竹林寺というお寺でおこなわれていた念仏法要の方法を、慈覚大師がそっくり比叡山に移したのが日本の念仏の始まりです
    長保寺では、その念仏を今に伝えています
    私は2回ほど中国の五台山に参拝していますが、五台山の中心から竹林寺はちょっと外れたところにあります

    法然上人が1133年生まれ、親鸞上人が1173年生まれですから、これは、かなり古いです

     
     
     
    不断念仏式 一巻 長保寺
    紙本墨書 縦27.4 横195.8
    鎌倉後期(14世紀)
     

     長保寺における不断念仏の式次第を記したものである。
     不断念仏とは円仁(慈覚大師)が五台山から比叡山にもたらしたもので、一定の期間中、僧侶が絶えることなく、阿弥陀仏を念ずる修法である。敬白文によると、長保寺においては大治3年(1128)に不断念仏が始まり延慶2年(1309)まで毎年10月に行われていたことが判明する。また、それ以降もこの修法を再整備して継続していくことが述べられている。その中で、道俗を限らず阿弥陀仏と慈覚大師に結縁して往生極楽を願っている点は、この時期の長保寺とその周辺地域における信仰を物語っており、貴重な史料と言うことができる。
     なお、巻末の部分には長保寺においてこの不断念仏が大治3年に10月1日一夜の形で始まり、保元3年(1158)には10月16日からの七日七夜に改められ、さらに正応2年(1289)には10月11日からの七日七夜、五昼夜に改められたことが記されている。

    和歌山県立博物館「長保寺の仏画と経典」より

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  47. NOV
    3
     

    長保寺 癒される瞑想 012

     
    大事なのは

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること

    ボーっとしてる時間がありますよね
    その時
    「微笑んで」みてください
    モナリザのように

    お風呂場でも、トイレでも、どこでも

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください

    息を吸うとき「だいじょうぶ」 

    息を吐くとき「うまくいくよ」 

    1,2分続けてみてください
    できれば、もう少し長く

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください)

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて

    あなたを守る力に感謝します

     
     
     
     
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  48. NOV
    2
     

    長保寺 癒される瞑想 011 普遍性

    最近感心した言葉

    「思ったとおりにならなくても、やったとおりにはなる」

    瞑想には、いちおう理屈はありますが、やらなければ、効果は全くありません

    癒される瞑想そのものは、呼吸に意識を集中するだけのことですから、宗教でもなんでもないです

    ただ、瞑想して最高の自分に近づく、というロジックを持っているのは仏教だけです

    瞑想したら、あなたもイエスキリストになれる、とは言いません
    瞑想したら、あなたもアラーになれる、とも言いません
    仏教だけなんですよ、瞑想したら仏になれると言っているのは

    大事なのは

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること

    ボーっとしてる時間がありますよね
    その時
    「微笑んで」みてください
    モナリザのように

    お風呂場でも、トイレでも、どこでも

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください

    息を吸うとき「だいじょうぶ」 

    息を吐くとき「うまくいくよ」 

    1,2分続けてみてください
    できれば、もう少し長く

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください)

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて

    あなたを守る力に感謝します

     
     
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  49. NOV
    1
     

    長保寺 癒される瞑想 010 多神世界という現実

     
     
    山王垂迹神曼荼羅 絹本着色 江戸後期 長保寺蔵
     
    「日吉山王の諸神の姿を画面に構成したもので、諸神の数や配列に多少の異同がある。本図の場合、神殿の内陣に上七社の七神、外陣に猿面の大行事と早尾の二神と狛犬一対を配し、下方の階段付近に神猿を描いている。」
     
    仏教が日本に伝来してから、基本的には神仏習合で、日本古来の神様と、仏教の仏菩薩天は同時に信仰されていました
    それが密教では真言系が両部神道、天台系が山王神道と独自に理論化して、本地垂迹(ほんじすいじゃく)と言うのですが、日本の神々の本体は仏様ということにしました

    天照大神=大日如来とか、あてはめていくわけです

    よく権現様と言いますが、仏様が仮の姿で(権)あらわれた(現)という意味です

     
    まさに神仏混交の多神世界ですね
     
     
     

    最初のパンテオンはB.C25、初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近のアグリッパによって建造され、一度焼失した後にA.D118にハドリアヌスによって再建されました
    ローマ国内全ての神を等しく奉るため、内部を円形にし壁のくぼみに神々を奉り、中心の空洞部分に人間が立つ構造の神殿でした
    一昨年、パンテオンに行きました

     
    天井がドーム状に丸く開いて、雨が降れば内部が濡れます
     
    このドームの姿には、密教の月輪観や禅の円相に通じる、深い意味があると思います

     
     
     
    古代ローマ人の、人間中心に全ての神を敬う世界観が表現されています
    これは、日本人の八百万の神々を敬う世界観にも通じる、と言えるのではないですか
    ローマ帝国を創った古代ローマ人は、日本人と同じ多神世界を生きていたのです
     
    「全ての神々を等しく敬い、自分を信じる」
     
    これがローマ帝国の精神の基本です
    現代の日本人は、この精神の一番近くにいると言えますね
    そして、この寛容の精神が、これからの世界にどうしても必要だと思われませんか?
     
     
     
     
     
    2006年に、ベネディクト16世法王のもとで、宗教対話の会議が開かれたのですが、イスラムからは誰も招かれませんでしたが、仏教からということで山折哲夫さんが招かれました
    そのことについて、読売新聞に山折哲夫さんがいろいろ書いていたのですが、「事実上、世界は多神世界になっている」と指摘していたのです
     
     
    一神教は、「多くの神の中から、自分はそのうちの一人を選ぶ」ということではないでしょうか
     
    排他的になっても、多神世界という現実が変わるわけではないのです
     
     
     
     

     
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  50. NOV
    1
     

    癒される瞑想のチャンネルをホームページに追加しました

    癒される瞑想のページにYouTubeのリンクを追加しました

    癒される瞑想 YouTube

     Quantum Sense Channel


    Quantum Sense Channel

    癒される瞑想の、映像による解説をご覧になれます
     
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  51. OCT
    31
     

    長保寺 癒される瞑想 009 大事なこと

     

    微笑むこと==慈悲==
    自分を信じること==涅槃経==
    最高の自分になると決意すること==梵網経==

    ==慈悲==

    サールナート博物館  初転法輪の釈尊
    (現在、博物館は撮影禁止です)

    ==涅槃経==クシナガラで説かれました

     クシナガラ 2010/02/15 釈尊涅槃の日の荼毘塚

     
    クシナガラ 涅槃堂内部 グプタ朝時代の涅槃像

    自灯明 法灯明 じとうみょう ほうとうみょう

    お釈迦様の遺言です
    最後の言葉とされています

    自らを灯明(暗闇を照らす明かり)とし、法(自然の法則など)を灯明とせよ

    涅槃経

     

    ==梵網経==
     「汝是當成佛。我是已成佛。 常作如是信。戒品已具足。」
    汝は、まさにこれから仏となる
    我(お釈迦様は)はすでに仏となれり
    常にかくのごとき信をなせば
    戒はすでに具足している

    最も基本的な戒律です

    梵網経 

    梵網經盧舍那佛説菩薩心地戒品

    http://www.chohoji.or.jp/TENDAI2/2data/01/29.txt

    癒される瞑想
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  52. OCT
    30
     

    Nukamiso pickled cucumber

    キュウリの糠味噌漬
     
     
     
     
     
     
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  53. OCT
    29
     

    長保寺 癒される瞑想 008 初秋の夕暮れ

    訂正:高野山は、大学4年と本山職員1年です
     
     

    「癒される瞑想」で、仏典に根拠のあるのは、「呼吸に意識を集中する」ことくらいです

    単純な瞑想なので、いろいろアレンジできるのです

    めんどくさい話を端折りますが、慈悲が体にはいって来て、その慈悲を人にあげる、というのは、密教の考えかたに基いています

    仏教の修行があるわけですから、「仏教の修行をして悟りを開いた存在」がいるわけです
    その人達の真似をする、ということです
    たとえば、お釈迦様とか十大弟子の皆様とか、各宗派の開祖とか

    一口に言えば
    悟りを開いた存在は、慈悲の活動をしてるのです
    それと同じことをすればいい、という考え方です

    試行錯誤しながら、だんだんと賢くなる、のもいいですが
    そんなことをしていたら、人生が終わってしまいます

    悟りを開いた人たちは何をしているのか
    それを、イメージして、同じことをすればいい、と
    考え方は、単純です

    癒される瞑想
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  54. OCT
    28
     

    長保寺 癒される瞑想 007 姿勢

     

    「癒される瞑想」には、姿勢は関係ありません
    それよりも、心からなる「微笑み」が大切です

    ビデオの中で八葉窟と言ってますが誤りです、正しくは七葉窟(しちようくつ)です
    ここで、仏典の第一結集がおこなわれました
    聞法第一の阿難尊者も、最初は、悟りを開いていないという理由で呼ばれませんでしたが、そこから必死に修行して悟りを開き、結集に呼ばれました

     

    弘法大師の神秘体験の原点になったのが「求聞持法(ぐもんじほう)」です
    明けの明星が口に入った、かのような感覚を得た、ということだと思います
    頭の中にフラッシュを焚かれるような感覚ですかね

    虚空蔵菩薩求聞持法
    http://www.chohoji.or.jp/archives/199810.htm

    白隠禅師は、托鉢中に水をぶっかけられて悟りを開いたのですから、歩くか立つかですね
    軟蘇の法(なんそのほう)は、一種の自己催眠で、寝ている状態で、つま先に蘇(いわゆるバター)があって、それが溶けて、全身を潤す、という観相をします

    キリストは荒野を40日さまよって、悪魔の誘惑を断ち切ったのですから、座ったというより、歩いていたのでしょうか

    比叡山の好相行(こうそうぎょう)は、阿弥陀如来が出現するまで、五体投地の礼拝を一日千回します
    三ヶ月くらいは続けるようです
    ですから、修行の内容は坐禅ではないです
    阿弥陀如来を感得したら、どのように出現したか、先達に報告して、まちがいなければ、そのまま比叡山の浄土院に12年間籠山し、伝教大師のお給仕をします
    現在は、渡辺さんという方が籠山中です
    長男が親しくさせていただいているので、こんど機会があれば、どんな感じで阿弥陀様を感得したか聞いてみます
    後ろから出てくるのはだめだ、とか、いろいろあるようです

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  55. OCT
    28
     

    Quail egg roll

    Quail egg roll
    Kyoimo
    Kidney beans

    鶉巻、京芋、いんげん、がんもどきの炊合せ

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  56. OCT
    27
     

    長保寺 癒される瞑想 006 微笑んで

     

    先ず、微笑んで
    呼吸に意識を集中します

    呼吸に意識を集中することで、自分の中にある、無意識に近づくことができます
    ただ、無意識であればそれでいい、というわけにはいきません

    微笑むことで、自分自身の中の「善き心」にふれることができます

    「作り笑い」はダメですよ
    心から、微笑んでください

    難しく考えれば、難しくなりますが、やっていることは単純です
    微笑んで、呼吸に意識を集中するだけですから

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

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  57. OCT
    26
     

    長保寺 寂光の庭 七五三の石組み

     

    長保寺の御霊屋の玄関前にある「寂光の庭」のご紹介です

    ①から⑦まである石のうち、⑤が、レッカーで長保寺の山の下から引き出されて立てられた石です
    あとは、全部、御霊屋のこの場所にあった植木の縁石などで、もともとあった石です

    行事などで大勢の人が歩くことを想定して、通路の近くの石は低く据えられています

    オーソドックスな七五三の石組みです
    左右に一組づつある、三つ並んで立てられている石が三尊石(さんぞんせき)です

    詳しい石庭の見方は、重森千靑さんのホームページをごらんください

    「日本庭園の美」
    http://www.ifnet.or.jp/~chisao/

    「私(チサヲ)の作品」のコーナーでも長保寺の「寂光の庭」が紹介されています

    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     

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  58. OCT
    25
     

    長保寺 仏像搬出

    平成26年10月25日 長保寺の僧形文殊を修理するため、搬出しました 

    その様子を御覧ください

    長保寺には仏像が沢山ありますので、少しずつ修理をしています
    今回修理する仏像は、鎌倉時代の物ではないかとされている仏像です
    解体して修理すれば、いろいろなことが、はっきりわかると思います

    僧形文殊は、食堂(じきどう)の最上座に置かれます

    鎌倉時代の食堂は、竈を使いますから、この仏像は煤で真っ黒けです
    相当の長期間(おそらく数百年間)、食堂に置かれていたと思われますが、明治以降はしばらく阿弥陀堂に置かれ、現在は本堂に安置されています
    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     

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  59. OCT
    24
     

    癒される瞑想 005 あなたを拝むお地蔵様

     
    24日はお地蔵様の縁日なので、長保寺の西のお地蔵様に登場していただきました
     

    呼吸に意識を集中することで、自分の無意識に触れることができます
    理屈でない無意識が、直感につづいています

    とりあえず、仏教の2500年の伝統の、呼吸に意識を集中する瞑想をやってみてください

    そして、直感力を生活に取り入れてみてください

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

    こちらどうぞ
     
     
     
     
     
     

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  60. OCT
    23
     

    多宝塔 秋空

     
    長保寺 国宝多宝塔(1357) 
     
    木造建造物は、文化庁の基準で50年に一度程度の頻度で補修の必要性が検討されることになっています
    今回は平成24年(2012)に修理されましたが、前回修理の記録は昭和3年(1928)ですから84年ぶりの修理をしたことになります
    かなり、持ちがいいです
     
    この多宝塔の場合、瓦と垂木の一部と野地板は補修で取り替えられていますが、あとは、ほぼ完全に創建当時の木材が使われています
     
    野ざらしで657年です
    きちんと造られた木造建造物の耐久性の凄さがわかります
     
     
     
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  61. OCT
    23
     

    特別展 熊野 聖地への旅

    2014年10月18日~12月7日

    和歌山県立博物館で世界遺産登録10周年記念特別展が開催されます

    長保寺からは「細字法華経」が出陳されます

    応仁2年(1468)に那智で書写され、長保寺に奉納されたものです

    奉納されたいきさつは、今ではもうわかりませんが、このような奉納物が多数長保寺にあります

    江戸時代には、紀伊徳川家によって、武器・甲冑の類は紀州東照宮、書画の類は長保寺に奉納されています

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  62. OCT
    22
     

    Boiled Whitebait and Komatsuna

     
    シラスと小松菜のお浸し
     
    醤油をかけていただきます
     
     
     
     
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  63. OCT
    22
     

    癒される瞑想 004 数息観

    微笑んで
    呼吸に意識を集中します

    その息を数えます

    静かに息を吸って、吐くときに、ひとーつ
    また吸って、吐くときに、ふたーつ、という具合に

    10まで数えたら、また、1から数えます

    ただそれだけです
    それが、数息観です

    ただそれだけ、というのが、実は難しいのです

    つまり、考えちゃいけません
    それを、禅宗では、不立文字(ふりゅうもんじ)と言います

    密教は、果分可説(かぶんかせつ)と言って、修行の結果(果分)がどうなるか、について説くことが可能(可説)という立場です

    いずれにしても、仏教では、無意識の領域が大切なのです

    ただ、無意識が大事なだけなら、昼寝で間に合います
    そこはやはり、数息観は昼寝とは違います
    覚醒した状態で、無意識にアクセスしたいわけです

    なんでもない呼吸なのですが、その呼吸に意識を集中することが、深い意味を持っているのです

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

     
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  64. OCT
    21
     

    長保寺 癒される瞑想 003 寂光の庭

     

    ご自分の無意識に、自分自身でも気がついていない「癒やす力」が秘められています

    簡単なことです

    仏教では、この呼吸の数を数えます
    それを、数息観(すそくかん)と言って、もっとも基本的な瞑想法です

    密教では、1から10まで数えて、それを繰り返します
    必ず、10まで、です

    おやりになってみると、わかりますが
    なかなか、ちゃんと数えられません

    途中で忘れてしまいます

    えーと、そこを頑張るのが修行です

    数を数えなくてけっこうです
    難しく考えずに、気軽にやってみてください

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

     
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  65. OCT
    20
     

    Healing Meditation

     
     
    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods
    And 
    I believe in my good heart
     
     
     
     
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  66. OCT
    19
     

    長保寺 癒される瞑想 002

     
     
    一神教は、キリスト教やイスラムなど、世界の中心に一人の神だけがいる宗教です
     
    多神教は、沢山の神々が色々な役割をもっている宗教です
    仏教や神道、ヒンドゥーなどがそうです
     
    沢山の神々がいる以上は、一神世界はどこにもありません
    我々が暮らしている世界は、多神世界なのです

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

     
     
     
     
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  67. OCT
    19
     

    多宝塔

     
     
     
     
    長保寺 国宝 多宝塔(1357)
     
    長保寺の多宝塔は、二層目がやや細く、亀腹(中央の白い漆喰部分)が小さいのが特徴
     
     
     
     
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  68. OCT
    19
     

    最近撮った写真

     
     
     

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  69. OCT
    18
     

    徳川家の歴史的意義

     

    徳川家の最大の功績は、日本人同士の殺し合いを終わらせたことです

    家族と法治主義が、その土台となりました

    「家族」と「法治主義」は、現代にも通じる普遍的価値と言えるでしょう

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  70. OCT
    17
     

    長保寺 徳川家の真実

     

    長保寺の紀州徳川家廟所では初代藩主から六代藩主まで墓碑銘が刻まれていない

    和歌浦の東照宮のご祭神は、東照権現(徳川家康)と南竜権現(徳川頼宣)

    久能山東照宮造営のの総奉行は徳川頼宣

     
    紀州徳川家初代藩主頼宣は遷化の後、長保寺の背後の山の中心に墓碑銘のない墓を造営させ、南竜権現として紀州の守り神になった
     
     
     
     

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  71. OCT
    14
     

    鐘声002

    徳川家は、天下をとってからも征夷大将軍の地位にとどまって、天皇を廃絶して取って代わろうとはしなかった

    それが、明治維新の大政奉還にもつながったと考えられる

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  72. OCT
    13
     

    長保寺 紀州徳川家藩主廟所

    紀州徳川家の歴代藩主(将軍になった吉宗と家茂をのぞく)とご家族様の一部の廟所があります

    長保寺の伽藍の背後の山腹に、約1万坪の広さで展開しています

    国史跡に指定され、藩主廟所としては、全国一の規模です

    本堂の折衷様式もそうですが、伝統文化を残し、取り入れて、その上で、新しいものを付け加えていきます

    連綿と続く日本文化の、発展のしかたがよくわかります

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  73. OCT
    10
     

    癒される瞑想 動画バージョン

    僕らは、心の中に色々なものを持っているわけです

    その中から、「善きもの」だけを取り出そう、という瞑想ですね

    古来、慈悲とか愛とか言ってきたわけですが、もはや、手垢のついた言葉で、素直に解釈するのには手間暇がかかるようになってしまいました

    それで
    「自分を守る力」を好きな人にあげる、ということにしました
    安心して、あげてください

    気軽に試してみてください

    瞑想のやりかたそのものは単純です
    詳しくはこちらをどうぞ
    http://www.chohoji.or.jp/shousei/saloon.htm

     
     
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  74. OCT
    3
     

    長保寺 国宝 本堂 折衷様式まとめ


    長保寺、本堂(1311)国宝
    日本の建造物が、異文化を取り入れて進化していく様子が、はっきりとわかります。
    日本が異文化を取り入れる時は、どちらかを否定して一色に染めるのではなく、長所を組­み合わせながら、独自の落ち着きをもったものにしていくのがわかります。


    粽柱(ちまきばしら)の粽は、お節句のお菓子のチマキの格好に似ているからです

    内陣と外陣を、はっきり意識して作り分けています

    内陣(唐様)詰組、粽柱、頭貫
    外陣(和様) 間斗束、頭を切った柱、長押

    全体に唐様は凝った曲線的なデザイン、和様はスッキリした直線的なデザインです。
    日本では、杉や檜など、目の通った真っ直ぐ割りやすい木が手に入りやすかったからだと­言われています。
    現代の日本のスッキリしたデザイン感性のルーツかもしれません。

     


    長保寺の本堂から、日本人の外来文化の受容の姿がわかります。

    従来からあった和様の工法である長押(なげし)は、構造的に弱く、平安時代の建造物は、ほとんど倒壊して残っていません。そこに大陸から貫(ぬき)で柱をつなぐ唐様の工法が取り入れられ、建造物が倒壊しにくくなります。
    そして、在来の和様は、後から輸入された唐様といっしょに使い続けられます。

    いい物はいい、と率直に取り入れるのですが、在来の文化を否定しません。そして、そこから、新しい創造を始めます。
    それが、日本人の生き様だったということです。

    700年前の日本人の生き方の物的証拠が、長保寺の本堂です。
    今を生きる我々に、大きな示唆を与えるのでないでしょうか。

    もともと、神社建築とか在来の建造物があったわけです
    日本に大陸から建築様式がもたらされた、初めの頃は、日本式は日本式、中国式は中国式で別個の建物が造られます
    それが、鎌倉時代に混じり始めます
    初期のものは、意匠の違いが明確です

    いろいろな建造物が造られていくうちに、だんだんと混然一体としたものになります
    その、変化の道筋が、折衷様式の建造物があることで、非常にわかりやすくなっています

    詰組が中国式 間斗束が日本式
     
     
     

    柱の頭の部分が丸めてあります
     
    粽柱が中国式 日本式は普通に切ってあります
     
     
     
     
     
     
    差し込んで止める貫が中国式 横からおさえるのが日本式
     
     

     

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  75. OCT
    1
     

    Youtubeのチャンネルを追加しました

    長保寺のホームページに追加しました

    Youtubeの長保寺チャンネル

     
    Youtubeによる行事の案内

     
     
     
     
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  76. SEP
    30
     

    長保寺 御霊殿(1666) 藩主廟所入口

     
    藩主廟所の入口の正門です、多宝塔の裏手からも廟所に入れて、現在はそちらが観光客のコースになっています
     

    御霊屋(おたまや 1666)は、350年ほど経った建物で県指定文化財です
    奥の建物に歴代紀州藩主と、ご家族様の御位牌をお祀りしています

    約1万坪の国史跡の藩主廟所は、全国最大規模です
    ここが、廟所の一段目です
    全部で四段構えになっています

     

    日本庭園の美 重森千靑さんのホームペジ

    寂光の庭 工事の様子 長保寺での工事の様子

    重森三玲記念館

    重森三玲庭園美術館

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  77. SEP
    28
     

    長保寺 国史跡 土塀

     
     
     
    境内図 境内の広さは約15000坪です。
    全域が国の史跡に指定されています
     
    江戸時代の寛文6年(1666)に紀州徳川家初代藩主徳川頼宣(よりのぶ)により菩提寺に定められました。
     
    藩主廟所の国史跡では、全国最大規模です
     
     
     
     
    瓦宇の刻印
     

    瓦宇の社長さんは人間国宝です

    こちらどうぞ

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  78. SEP
    28
     

    長保寺 国宝 大門 金剛力士(仁王)

     
    長保寺には、国宝建造物が3棟あります
     
    本堂(1311)   国宝
    多宝塔(1357) 国宝
    大門(1388)   国宝
     
    本堂、塔、門と3つそろって国宝の寺は、奈良の法隆寺と長保寺だけです

     
     
    こちらのリンクもどうぞ
     
     
     
     
     
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  79. SEP
    26
     

    長保寺 毎朝の日課

    境内には、国宝建造物3棟、重文建造物1棟、県指定建造物1棟があり、その他にも未指定の建造物が多数ありますが、全域が国の史跡になっているので、境内15000坪全域が指定文化財ということになります

    背景の山中に紀州徳川家の廟所があります
    藩主廟所としては全国最大規模です

    こちらどうぞ

     

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  80. SEP
    25
     

    国宝 長保寺 本堂内陣

    国宝 長保寺 本堂(1311)
     
    こちらどうぞ
     
     
     
     

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  81. SEP
    23
     

    仏教の普遍性

    般若心経
    紙本墨書 縦26.0 横42.2  奈良後期(8世紀) 長保寺蔵
     
     
    今回、久しぶりに出して撮影してみました
    1000年以上前のものですが、墨痕あざやかです
     
    この経巻は、奈良時代中ごろの天平時代に書写された隅寺心経と呼ばれる一連の般若心経のうちの一巻です
     
    隅寺心経は現在50枚ほどが確認されていますが、世界にこれより古い般若心経は現存しません
     
    長保寺の般若心経以外の隅寺心経は、そのほとんどが重要文化財に指定されています
    長保寺の般若心経も申請すれば、重要文化財になるかもしれませんが、平成4年に隅寺心経と確認されて、比較的新しいのと、一連の隅寺心経の指定の時期とずれていたので、めんどくさいので、そのまま放置です(^^;;
     
    長保寺のホームページの表紙は、この般若心経から「空」の字をキャプチャーして、1996年当時の技術で、かなり苦労して背景画にしています
    1996年は、インターネットが民間に開放された年ですから、この年より古いホームページは日本には無いです
     
     
    般若経典群は、何種類もあって、般若心経は、それらを短くまとめるために必要だった思われます
    般若経典群の研究から、般若心経はインドの霊鷲山で説かれたことがわかっています
    霊鷲山では法華経も説かれました
     
    霊鷲山香室からの夕日 2010.2.18
    最近は、世界中からの参拝者で、たいへん混雑します
     
     
     
    さて
    隅寺心経の所有者として、僕には「色即是空」を説く、いささかの因縁があるわけです
     
     
    実は、この「色即是空」の基本構造は、仏教だけのものではありません
    見える、聞こえる、感じるなど、感覚器官でとらえた印象が脳内イメージになって、世界を認識しています
     
    この基本構造は、仏教だけでなく、ギリシャ哲学や量子論にもあるのです
     
     
    プラトン哲学では、イデア(idea)を「ものごとの真の姿」であり判子のようなもの、エイドス(eidos)を「形」とか「図形」であり押された刻印のようなもの、と考えています
    ただ、残念なことに、ギリシャ哲学にはideaを獲得する方法としての瞑想は、ありません
     
     
     
    量子(Quantum)は、観察される前の状態では「ここである状態と、あそこである状態」が共存して重なりあっているSuperpositionであることが実験で確認されています
    観察して始めて、位置と速度を決めることができます
     
    半導体中で量子もつれの生成と検知に成功
    「重ね合わせ という概念は、何らかの物体が同時に2つの状態で存在できる現象を意味しています これはとても妙なことで、私たちの日常生活では経験できないことです 当然、量子力学を創り出した物理学者さえも理解に苦しむ大難問でした
    たとえば私がここに座っている状態と向こうの方に座っている状態は想像できます
    でも、同時に両方に座っている状態は想像できません
    しかし、量子力学では、まさに重ね合わせの原理によりこれが可能です
    このように原子、電子、分子などは同時に2つの状態で存在することができ、この概念が量子技術を強力なものにします
    重ね合わせのさらに延長上にエンタングルメントがあります
    これには2つの量子的物体が必要です
    この2つが絡み合う(エンタングルメントentanglements)と、個々の物体を分けて考えることはできません
    エンタングルした2つの物体を宇宙の両端まで引き離したとしても、片方の状態はもう片方の状態に影響を及ぼすという時空を超えた相関をもちます」
     

    「色即是空」の基本構造は、プラトン哲学や量子論にも通じる普遍性を持っているのです

    特に量子論の「エンタングルメント」と「空」の性質が、きわめて興味深く似通っていて
    モニターの裏側が見えないから、有るで無いでもない、というのが、屁理屈などでなく
    八不偈にあるような
    一異同断生滅去来
    一でも異でもなく、同じでも断でもなく、生ぜず滅せず、去らず来ず
    といった性質が現在の量子力学の実験室で研究されているのです

    ここらへんは、キリスト教やイスラムのような、神の解釈を競うような世界とは、仏教は全く違うのです

    ということで

    大事なのは 

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください 

    息を吸うとき「だいじょうぶ」  

    息を吐くとき「うまくいくよ」 

    1,2分続けてみてください
    できれば、もう少し長く 

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください) 

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて
    あなたを守る力に感謝します

    こちらどうぞ

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  82. SEP
    22
     

    化身

    映画 アバター

    22世紀、人類は地球から遠く離れたパンドラで<アバター計画>に着手していた。この星の先住民ナヴィと人間のDNAを組み合わせた肉体<アバター>を創ることで、有毒な大気の問題をクリアし、莫大な利益をもたらす鉱物を採掘しようというのだ。この計画に参加した元兵士ジェイクは車椅子の身だったが、<アバター>を得て体の自由を取り戻す。パンドラの地に降り立ち、ナヴィの族長の娘ネイティリと恋に落ちるジェイク。しかし彼はパンドラの生命を脅かす任務に疑問を抱き、この星の運命を決する選択を強いられていく……。 

    世界興行収入歴代1位

     
    今回は、かなり、わかりにくい話です
     
     
    この、アバターという言葉
    実は仏教語です
    ヒンドゥーでも使いますが、「化身」という意味のサンスクリット語です
    अवतार avatāra
     
    化身は、神の化身とか言いますけど、姿を変えてこの世に現れた神のことですね
     
     
    余談ですが、なんでも、インドではシバ神の化身がお生まれになったらしいですよ
     
     
     
     
    さて
    今、自分が生きているという素朴な実感は、実際のところは、脳内に作られた印象にすぎません
     
    まあ、昼寝している間は、生きていることを忘れてる、とも言えますね
     
    眼耳鼻舌身の五感を通じて、脳内に印象が形成されるのですが(下の図でいえば、真ん中の白い矢印が五感ですね)、自分自身の実体というか、真実の姿は、右側の「真実の世界」にあるわけです
    ところが、この「真実の世界」は、感じられる前の世界ですから、説明や理解のしようがない
     
    一でも多でもなく、過去でも現在でも未来でもなく、有るでも無いでもなく、変化でも恒常でもなく、なんと言ったらいいかわからないので「空」ということになってます
     
    でも、そこにある
     
    この白い矢印は、人間の精神的成長とともに太くなると考えてます
    オーラが見える、などは初歩的で
    五神通と言われてる、他心通、天眼通、天耳通、宿命通、神足通などは、感覚器官の受容能力の拡大によるものです
     
    「真実の世界」の「一部」しかわかっていないから、五神通が無い、ということになります
     
    僕は「レイヤー」という概念が一番近いと思ってるんですが、(パソコンで絵を書く人はわかると思いますが)、透明のシートに絵を書いて、それを重ねていって全体の絵を作るのですが

    こうすると、それぞれのシートで別々に、何回でも書き直せるので便利なのです

    服レイヤーで服だけ着せ替えるとか
    背景だけ取り替えるとか
     

    http://www.manga-seikatu.net/illust-cgsen2.php

     
     
    人間の普通の感覚では、「真実の世界」のレイヤーの一部しか認識してないのです
     
    仏教でいうところの、六道ですね

    地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天

    まあ、畜生界と人界は普通に認識してると
    これは、仏教的な例え話で、実際は虹の七色といっても無限のグラデーションがあるように、無限の階層があると思われます
     
     
     
    ざっくり言えば、神、ホトケ、ハイヤーセルフなどという「概念」は「脳内世界」です
    「真実の世界」の一部に過ぎません
     
    で、この「脳内世界」が、不毛で無意味かというと、そうじゃないのです
     
    人生の全ては、この「脳内世界」で起こっているのです
     
    たとえば
    ありとあらゆる対立、紛争、衝突は「脳内世界」(いわゆる、この世)で起こっているわけで、それは人生を左右する大問題なのです
    平和的共存も、この「脳内世界」で実現する必要があります
     
    そして、重要なことは
    我々の素朴な、生きているという実感は、この、「脳内世界」であるということです
     
    つまり
    我々は、「脳内世界」に自分自身という化身を作って生きているのです
     
    実際は、我々は「真実の世界」で生きてるわけですが、自分自身の一部しか理解してない、ということになります
     
    だから、「真実の世界」の自分は死なない、と
    厳密に言うなら、生きるでも死ぬでもない「空」に、ほんとうの自分が、今、こうして生きていると
     
     
    般若心経でいうところの「色即是空」という基本概念から、ここまでくるのですねぇ
     
     

    唯脳論というのがありますが、たとえばですね、いま見ていらっしゃるモニターの裏側、これ、どうなってるか脳内に今ないわけで、唯脳論的には存在してないことになります
    貧困も弾圧も、目をつぶれば、唯脳論的には「無い」で終わりです

    見てないんですから、どうなってるかわかる、と言えば、嘘です
    でも、実際は、あるのですよ、モニターの裏側が

    その裏側を「空」と言ってるんです
    そして、我々は「真実の世界(空)」のレイヤーの一部しか認識してないのです

    こちらどうぞ

     

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  83. SEP
    21
     

    海賊王に俺はなる!!

    モンキー・D・ルフィ

    瞑想について、ちょっと深い話をします
    前回までは、さわりです

    瞑想という言葉自体、それほど昔からあるわけではなく、歴史の浅い言葉といえるでしょう
    正確なところはわかりませんが、少なくとも江戸時代以前にはありませんでした

    日本の伝統文化の、禅や止観という概念におさまらない何かを表現しようとした言葉ですね

    ギリシャ哲学には瞑想は無いんですよ
    だから、西洋哲学の伝統では、瞑想は、方法論として採用されません

    聖書にも無いですね
    修道院などでは、瞑想は祈りじゃないので、神秘主義に分類されるそうです
    昔のカトリックなら、魔女裁判にかけられるかもしれない、きわどい分野です

    インドのウパニシャッドは瞑想だらけで、古いといえば古い
    5000年位の伝統があります
    インド文化からみれば、仏教は、インド式瞑想の一分野です
    ヒンドゥーでは、お釈迦様はヴィシュヌ神の7番目の生まれ変わりだそうです

    ヒンドゥー式瞑想は、神と我との合一が目的で、我はどこまでいってもなくなりません
    仏教は、そこが違って、我は脳内世界ですから、我があるという素朴な感覚は顛倒夢想です

    では、仏教の目的はなにか

    この目的を、坊さんは毎日唱えています

    願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
    がんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう
    願わくは此の功徳をもって あまねく一切に及ぼし 我等と衆生と 皆共に仏道を成ぜんことを

    「仏道を成就する」というのが、目的で、まあ、決意表明ですね

    これが無いとですね
    茫漠とした精神世界で、迷子になります

    感覚器官を通じて脳内に形成される「脳内世界」になる前の世界が「真実の世界」なわけですが、見る、聞く、触る、前の世界ですから、どんなもんだかわかるはずが無いのです

     

    般若心経では「空」のことを

    不生不滅不垢不浄不増不減 
    生ぜず、滅せず、垢つかず、浄ならず、増さず、減らず

    と、してるわけですが、つまりは、生滅、垢浄、増減は、脳内世界で作られていると

    大智度論では

    一異同断生滅去来
    一でも異でもなく、同じでも断でもなく、生ぜず滅せず、去らず来ず

    と、これを八不偈といいますが、「空」を定義してます

    縮めていえば、時間と空間は「脳内世界」なのだと

    たとえばですね
    「富士山」「芸者」「自分の家の玄関」を思い浮かべてください

    この3つは、今、意識の上で同時に成立してます
    それぞれに、スラスラと説明が付けられると思います
    これ、「空」を脳内で再構成してるんですよ、今、あなたが

    思い出でも、地球の裏の景色でも、夏に食べたアイスクリームの味でも
    過去、現在、そして未来も、「空」のなかで同居してます

    量子論でいう、Superpositionです

    今、この文章を読んでいただいてる、あなたは、「真実の世界」では「空」ですから、本当は時間と空間の無い世界にいます
    だから、死にません

    ついてこれなくてかまいません(^^)
    いずれ腑に落ちます

    さて

    捉えどころが無いから「空」なんで
    捉えたら「脳内世界」です

    で「空」から「富士山」「芸者」「自分の家の玄関」を引っ張りだしたように、「未来の自分」を引っ張り出します

    「海賊王に俺はなる」
    「最高の自分になる」
    「皆共成仏道」

    できれば、なりたいなぁ、ではなくて、なりきりがいいです
    未来の姿をありありと明瞭に思い浮かべてください

    それで
    「家内安全」「身体健全」とか、神社仏閣の祈願は、なりきり言葉なんですねぇ

    こちらどうぞ

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  84. SEP
    20
     

    緑の縦線

    ご存知の方は少ないと思いますが、最近はカトリックでも瞑想が重視されて、禅僧の方たちといっしょに瞑想する(つまり坐禅ですが)試みも真剣に行われるようになってきてます
    しかし、この瞑想の、理論的な骨格は仏教、ということになります

    東西霊性交流@円覚寺

    仏教的な説明はこちらに書いています

    般若心経の模式図

    ホームページにも書いてますから重複しますが

    見える、聞こえる、感じるなど、感覚器官でとらえた印象が脳内イメージになって、世界を認識しています
    脳内イメージは、各人各様、すべて独自のものになります(脳内世界)
    しかし、感じる前の世界は、たった一つしかありません
    生滅も垢浄も増減もない、時間と空間のない完全無欠な世界です(真実の世界)

    自分が感じた世界は、自分だけのものです
    感じる前からある、ありのままの世界とは違います
    自分の作り出したイメージに執着するのが「我執」です
    苦しみや悩みは、「我執」が根本原因です
     
     
     
    感覚器官で感じる前の、ありのままの世界そのものが、自分というフィルターが介在しない、真実の世界です
    今自分が感じている、苦しみや悩みが、全くない世界です
    苦しみや悩みを救う力は、感じる前の世界にあります
    その力に気づくのを、悟り、と言います
    わがこころ、吾心ですね

    見る側の我々と、見られる側の世界との間には壁があります

    この壁を超えるのが「慈悲の感触」です
    ここでは、光と言っておきます
    「慈悲の感触」だけが至高の心に繋がっています
    あなたが、全力で誰かのために働く時、自分自身の中にある、至高の心に出会えます
     
     

    「見られる」がわには「我執」は全く無いわけですから、機械や化学反応のような無機質な世界なのですが・・・
    そこには、生きて活動している心があるわけです
    その心を、「無償の愛」とか「慈悲」とか「慈愛」とか「己を忘れて他を利する心」などと名付けることができます

    脳内に感覚器官を通じて投影された「脳内世界」に執着するのを、ほどほどにすれば、「真実の世界」が感じられます

     

    その執着の程度、というか、濃さというか、まあ、上の図でいえば「見る」と「見られる」を隔てる緑の縦線ですが、生き様の程度を決めているとも言えます

    我々は、どうしても言葉の意味を詮索してしまうわけで、古来仏教では不立文字とか果分不可説とかいって戒めてきたのです
    それでも、あえて言えば

    緑の縦線の我執の壁を突破するのが「慈悲の感触」です

    だから、瞑想には「微笑むこと」が先ず大事だし、最後の最後、ホトケになるまで大事だということになるのです

    微笑んで

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください 

    息を吸うとき「だいじょうぶ」

    息を吐くとき「うまくいくよ」

    1,2分続けてみてください
    できれば、もうすこし長く 

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください)

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて
    あなたを守る力に感謝します

    それで、瞑想するときは自分のことだけ思うのではなくて、誰かのためを思うことも大事です

    そして、「あなたを守る力」は「真実の世界」から来てるのですよ
    そのうち腑に落ちます

    こちらどうぞ

     

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  85. SEP
    17
     

    瞑想の理論的根拠

    こうやって瞑想について、あれこれ書いていると、思わぬ質問があります

    まあ、ご興味持たない方がほとんどでしょうから、極めて前向きでありがたいことですが
     
     
    「自分を信じる」のは、如来蔵思想なのか、即身成仏なのか、悪人正機なのか
     
     
    こういう言葉を知ってる事自体すごいです
     
    僕的には天台本覚思想なのですが、これは、天台宗の坊さんでも詳しい人は、まず、いないというレアな分野です
    天台本覚思想という概念を、普通の人が知っているわけもないのです
     
    理屈を言えば、実際、仏教の長い伝統の中で議論され続けてきた、難解精緻な言葉の羅列があるわけですが・・・・
     
    とどのつまりこれらの議論は、脳内世界の自己満足です
     
     
    瞑想の目的は、真実の世界に触れて、本当の自分を取り戻すことですから、理屈は、捨てろとまでは申しませんが、関係ないのです
     
     

    微笑んで 

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して 

    イメージしてください 

    息を吸うとき「だいじょうぶ」 
    息を吐くとき「うまくいくよ」

    1,2分続けてみてください
    できれば、もうすこし長く 

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください) 

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて
    あなたを守る力に感謝します

    夕刻の畑 里芋の葉



    息を吸うとき「だいじょうぶ」 
    息を吐くとき「うまくいくよ」

     とりあえず、こんなこと、したことないわけでしょ

    1,2分やってみてください

    もちろん、これは瞑想の階梯では、初歩的で、まだまだ入門レベルです
    ですが、この道が、終点の目的地まで続いている道です

    慈悲の感触が大事なのですよ

    これは、自分でわかるしかないですが、わかってしまえば、自転車に始めて乗れた時のように、考えなくてもできるようになるのです

    こちらどうぞ

     

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  86. SEP
    15
     

    長保寺の垂木

    長保寺 多宝塔、本堂の垂木(屋根を下から支える木材)

    飛燕(ひえん)、二軒(ふたのき)、繁(しげ)、平行、飾り、垂木(たるき)です

    飛燕は、垂木が真っ直ぐでなく、反り返っているのが、ツバメが飛ぶラインのようなところから

    二軒は、垂木が二重になっているから

    は、垂木と垂木の間隔がちょうど垂木の幅位に狭くなっているから

    平行は、屋根の四角の垂木が扇状でなく、平行に並べられているから

    飾りは、垂木が直接屋根をささえておらず、飾りで作りこまれているから

    それぞれ名づけられた建築用語です

    極めて、手の込んだ造りです
    みなさんも、文化財の寺に行かれた時、垂木を注意してご覧になってみてください
    国宝になっている建造物でも、ここまでしているところは、なかなかありません

    一条天皇勅願の寺院の格式を感じる造作です

    こちらどうぞ

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  87. SEP
    14
     

    瞑想の勧め

    大事なのは

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること


    瞑想の勧め

    微笑んで、静かに呼吸に意識を集中してみてください

    自分自身の中にある無限の可能性に、出会う方法です

    微笑むのは、瞑想中に「善きもの」とだけ出会うために必要です

    これ、一番大事なコツです

    呼吸に意識を集中するのは、呼吸は、意識して早くも遅くもできますが、普段はまったく呼吸しているのを忘れています

    つまり、呼吸は意識と無意識にまたがっているのです

    それで、呼吸に意識を集中すると、手軽に無意識の領域に近づけるということになります

    瞑想の成果が乏しいのは、「最高の自分になる」という決意が十分でないからです
    的の真ん中をはっきり意識してください

    夕刻の長保寺御霊屋

    ボーっとしてる時間がありますよね
    その時
    「微笑んで」みてください
    モナリザのように

    お風呂場でも、トイレでも、どこでも

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください

    息を吸うとき「だいじょうぶ」 

    息を吐くとき「うまくいくよ」 

    1,2分続けてみてください
    できれば、もう少し長く

    息を吸うとき
    あなたを守る力が体に入ってきます(ありったけのイメージで思ってください)

    息を吐くとき
    その力を、あなたの好きな人にあげましょう(ありったけのイメージで)

    疲れたらやめて

    あなたを守る力に感謝します

    こちらどうぞ

     

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  88. SEP
    12
     

    過去を書き換える

    大事なのは

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること

    「最高の自分になる」と決意すること
    これですね、実は、大乗仏教の最も本質的な戒律なんです
    鑑真和上が日本に伝えた戒律です

    2009年のポスター

     

    梵網経 http://www.chohoji.or.jp/TENDAI2/2data/01/29.txt

    「汝是當成佛。我是已成佛。 常作如是信。戒品已具足。」 

    汝は、まさにこれから仏となる
    我(お釈迦様は)はすでに仏となれり
    常にかくのごとき信をなせば
    戒はすでに具足している

    いつか仏となる、と信じていれば、全ての行いは自ずと身に備わります

    誰も見ていないところでも、いいことをするようになります

    「仏になる」と決意することが、一番重要です
    一度決めたら、絶対に後に引いてはいけません

    何回、何十回生まれ変わってでも「仏になる」と決めれば、必ずなれます

    僕らは、過去を書き換えるために生まれてきたからです
    細々したことは、後から整っていきます

     
    仏となる、というと遠い別世界ですが、つまり「最高の自分になる」ということですね

    実際のところ「最高の自分になる」のは、かなり大変です
    いつまでも、行き着くことがありません

    失敗、挫折、敗北、冤罪、破滅、大病、そして死、なども、「最高の自分になる」過程の一つのエピソードで、学びの機会にすぎません
    生まれ変わって、また始めるだけのことです
    時間は永遠にあるのです

    過去を書き換えましょう

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  89. SEP
    10
     

    長保寺のトップページ変更

    長保寺のお寺のホームページのトップページのデザインを一部変更いたしました
     
     
     
     
    長保寺 本尊釈迦如来

    お寺のキャッチフレーズは20年間「花の寺」でしたが
    「癒される寺」に変更いたしました

    今後ともよろしくお願いいたします

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  90. SEP
    9
     

    秋空ですね 長保寺国宝多宝塔(1357)

    via Instagram http://ift.tt/WJwpxd 秋空ですね 長保寺国宝多宝塔(1357)

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  91. SEP
    8
     

    国宝 長保寺本堂(1311)

    via Instagram http://ift.tt/ZepAoY 国宝 長保寺本堂(1311)

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  92. SEP
    8
     

    香合(こうごう)

    天台宗紋木象嵌香合
     
    普段持ち歩いている香合です
     
     
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  93. SEP
    6
     

    Healing Meditation

       
    長保寺 国宝多宝塔(1357) 国宝本堂(1311)

    Please smiling(As Mona Lisa)

    Breathe quietly
    Imagine “OK”
    Sigh gently
    Imagine “Fine”

    And end with thanks

    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods
    And 
    I believe in my good heart

    ボーっとしてる時間がありますよね
    その時
    「微笑んで」みてください
    お風呂場でも、トイレでも、どこでも

    リラックスして
    呼吸に意識を集中して

    イメージしてください
    息を吸うとき「だいじょうぶ」 
    息を吐くとき「うまくいくよ」 

    かすかに微笑む(モナリザのように)

    息を吸うとき 慈悲(love and wisedom)が体にはいる
    ありったけのイメージで思う

    息を吐くとき 感謝しながら吐く

    あなたの中に元々ある、すばらしい心が、仏の慈悲に洗われて、輝く
    自分が自分に目覚める

     

    大事なのは

    微笑むこと
    自分を信じること
    「最高の自分になる」と決意すること

    普通、宗教というと、「神仏を信じなさい」と言う、と思ってらっしゃるでしょうけど、あなたが信じるのではなくて
    ホトケがあなたを信じているのです
    今、この時も

    つねに自らこの念をなす 何をもってか衆生をして 無上道に入らしめ 速やかに仏身を成就するかと(法華経如来寿量品)

     
     
     
    どんなに偉い神仏でも、自分の代わりに働いてくれたり、朝起きてトイレにいってくれたり、腹がへったら飯を食ってくれる、というわけではありません
    生きていくのは自分です
    自分を信じてください
    あなたが信じる、自分の「良心」が、ホトケの心に続いています
     
    自分の「良心」を信じてください
    「良心」を突き詰めていくと、仏心に突き当たります
    そこまで言い切るのは、仏教だけです
    キリスト教やイスラムでは、人は絶対に神にはなりませんが、仏教は、なんてったって成仏を目指してますからね
     
     
     
    こちらどうぞ
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  94. SEP
    5
     

    As Mona Lisa

     
    Please smiling(As Mona Lisa)
     
    Breathe quietly
    Imagine “OK”
    Sigh gently
    Imagine “Fine”
     
    And end with thanks
     
     
    かすかに微笑む(モナリザのように)

     

    息を吸うとき 慈悲(love and wisedom)が体にはいる ありったけのイメージで思う

     

    息を吐くとき 感謝しながら吐く

     
    あなたの中に元々ある、すばらしい心が、仏の慈悲に洗われて、輝く
     
    自分が自分に目覚める それを「悟り」という
     
    リラックスして
     
    1分でも3分でも5分でも、15,30でもいいからやる
     
    どこでもできる
     
    疲れたらやめる がんばる必要はない
     
    いつでもできる
     
    Easy and Simple
     

     
     
     
     
     
     
    僕なりの、瞑想法の詳しい解説は
     
    QuantumSenseと仏教」に書いているのですが、「微笑む」のが大事な理由は書いてないなぁ
     
     
    いろんな瞑想法がありますが、「先ず微笑む」というのは、今まで僕は聞いたことがありません
     
    仏教で言えば「摩訶止観」とか「清浄道論」とかにも「微笑む」ことは書かれていません
    (「摩訶止観」は大乗仏教唯一の座禅の方法の解説です。「清浄道論」は、南伝仏教最大の修行法の解説です)
     
     
    僕がBlogで「先ず微笑む」ことを書き始めたのは、「Image Training Meditationからで、これが2004年ですから、かれこれもう10年以上前から言っています
    最初のうちは、素朴で整理されていませんね
     
    癒される瞑想」は2006年からです
    徐々に加筆して現在に至っています
     
     
    僕が、「微笑む」ことが大事だと思い始めたのは、お世話になった悉地成就者の影響が一番大きいです
    この方はもう亡くなりましたが、五神通の有る方で、僕は、お経に書かれていることは全部本当なんだと、目の当たりにしました
    この方は本当に笑顔ばかりでした
    語り尽くせないエピソードがありますが、全て常識はずれの話ばかりですから、省略しますけど
     
    ま、それで、自分の経験とか、いろいろ考え合わせてみると、微笑まなきゃだめじゃん、と確信するに至ったわけです
     
    ブッダガヤ 金剛宝座 降魔印の釈尊
    (現在、金剛法座は二重に柵で囲われて、近づいて写真を撮ることはできません)

     
     

    微笑むこと
    自分を信じること
    「ホトケになる」と決意すること

    ホトケがわかりにくければ、真実の自分でもいいですが
    この3つが大事かなぁ
    その他のことは、些細なことですよ

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  95. SEP
    4
     

    Smile meditation

     
     
    Please smiling(It is very important tips)
    Breathe quietly 
    Imagine all the love being poured into your heart
    With love of all, please sigh gently
     
     That love is coming from your true heart 
    If you think to try,you are able to create a true love
     
     
     
    Please smiling
     
    Breathe quietly
    Imagine “OK”
    Sigh gently
    Imagine “Fine”
     
    And end with thanks
     
     
     
    長保寺国宝多宝塔(1357)
     
     
    おおよそ650年前の建造物です
     
    最高度に研ぎ澄まされた、人間の感性が、時代と共に進化するのか
    今を生きる我々の感性は、むしろ劣化しているのか
    細部に至るまで、一切の妥協のないものを、一生のうちに一つでも作り出せるのか
     
     
    ボーっとしてる時間がありますよね
    その時
    微笑んでみてください
    お風呂場でも、トイレでも、どこでも
     
     
     
    こちらどうぞ
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  96. SEP
    3
     

    長保寺本堂内陣

    本堂は1311年建立ですから、700年にわたって祈り続けてきた場所ですね
    導師の席に座ると、本尊と目が合います(これ大事です)
    長保寺の場合、石段を登りきった場所で、本尊の目線と合うようにできています
    本尊のお釈迦様は、お堂の奥にあるので、わかりにくいですが

    こちらどうぞ
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  97. AUG
    31
     

    Finger pointing to the moon

    = I want you to know that there are other ways = 

    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods 
    And 
    I believe in my good heart

     You know that there is polytheism and monotheism in this world 
    Please you know that it is a world where there are many gods 
    By believing in yourself, you can become friends with anyone in the world 

    この先、大統一理論ができて、仏教、キリスト教、イスラムが統合することになるのでしょうか
    そうすれば、一切の宗教対立もないし、唯一の真実を拠り所にして安心して暮らせるようにも思いますけれど・・・・・

    実際は、なかなか簡単ではないでしょうね

    仏教だけ考えても、北伝のチベット密教、南伝のタイ・ミャンマー・スリランカなどの上座仏教、東伝の中国・韓国・日本などの大乗仏教、西伝はイスラムへの影響、さらにその別れと、分派しつつ流布していきました
    日本に伝わってからも、法相、天台、真言、禅、念仏、法華、さらにその分派、そのまた別れと、どんどん分裂していきます
    どうも、この先も、益々、分派分裂していく見通しですね

    所詮、宗教は脳内世界ですから、脳の数だけ教義があって不思議ではないです

    日本仏教に限って言っても

    日本の仏教は、壮大な伽藍から始まり、平安時代に山岳仏教になり、中世に日本的な発展を遂げつつ地方へ伝播していきました。江戸時代に檀家制度が確立し、今日では各家庭に仏壇が置かれるところまできました。中央集権的な時代には大伽藍で国家の威信を示し、平安時代には貴族の祈祷道場としての霊力を求められました。それが鎌倉時代にはいると、地方にも中央に拮抗するような勢力が芽生えはじめ、仏教の大衆に向けた発展が加速され、中規模な寺院が日本全国に作られました。江戸時代には封建社会を固定化するために、各村落にも寺院が作られ檀家制度が浸透しました。寺院は国家から地方、そして小さな村落へと変化しつつ発展してきました。そして今は各家庭に仏壇が置かれるようになり、違和感無く我々の生活に溶け込んでいます。

    つまり、大⇒中⇒小と流れてきているわけです。で、次なる発展は、国家中枢⇒上流階級⇒地方豪族⇒地域社会⇒家庭ときて、こんどは個人でしょうか。たとえて言えば、大規模通信設備⇒公衆電話⇒固定電話の次に携帯電話がきたように、仏教の個人化がくると考えられます。

     
    細分化は不可避だし、自然な流れなのです

     
     
    仏教では、古来「月を指す指」と言っているのですが、月は一つであっても、それを指させば、人の数だけ指があるのです
    月を指し示すには、自分で納得のいく「月をさす指」が必要になります
    指がなければ、指し示すことはできません
    月があることを否定しないなら、「月をさす指」はなくならないし、脳内世界の数だけ、つまり、人の頭数だけ指は必要になります
     
    仏教やキリスト教、イスラムも、いまさら過去の資産をすべてぶっ壊すわけにもいきませんし、自分の宗教を拠り所にして、どこまでも追求するしかないと思います
    自分の宗教が世の中に合わなくなってきたのなら、その宗教なりに納得のいく理屈を発明して、修正・改善するしかありません
     
    僕は、仏教は空観と唯識観に基いてますから、それほど大きく修正する必要はないと思ってますけど
     

    長保寺 本堂前の石段

     
    人は人、自分は自分で
    今、登っている石段を、自分で踏みしめて、登っていくしかないのです

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  98. AUG
    28
     

    Why do you smile ?

    それぞれ、私が撮影した写真です
    仏様は、皆、微笑んでいます
     
     
    インド サールナート博物館 初転法輪の釈尊
     
    サールナート博物館では、現在は内部の撮影は完全に禁止されていて、「初転法輪の釈尊」の写真は大変貴重なものになってしまいました
    展示されている仏像のなかでも別格の存在です
    この仏像だけ、個室に展示されていて、インドの人たちが行列をつくって参拝しています
     
     
     
    インド ブッダガヤ大塔 降魔の釈尊
     
    釈尊が悟りを開いたところに建てられた、ブッダガヤの大塔の内部に安置されている仏像です
    タイ式かな
    陸続きなので、現在のインドでは上座仏教の影響が強く出ています
     
    タイ ワット・ポー 涅槃仏
     
    タイのワット・ポーの巨大な涅槃仏(長さ46m、高さ15m)です
    大きすぎて、うまいこと撮影できません
     
     

    インドネシア ボルブドゥール 微笑む釈尊
     
    実は、今年の春にインドネシアに行ってきました
    インドネシアは、ほぼイスラムで、ほかにバリヒンドゥーがありますが、仏教は無くなってしまっています
    インドでもそうですが、仏教はヒンドゥーに埋没してしまうのです
    ヒンドゥーでは、釈尊も数ある神様の一つですから、問題ないという立場です
     
    仏教とヒンドゥーの決定的違いは、仏教では「空」を説きますが、ヒンドーゥーには「我」しかないことです
    日本の神道と仏教は仲良くやっていますが、やはり、そこのところは違います
     
     
     
     
     
     
    「空」は、哲学的立場であるともいえます
    触ることも、見ることもできませんから
     
    今、モニターを見てらっしゃいますよね、では
    パッと目をつぶってみてください
     
    その間に、モニターは月の裏側に飛んでいってます
     
    なわけはないのですが
    見てないから、わかりません
     
    わからないけど、ある
     
    それが「空」です
     
    だからどうした、とおっしゃるかもしれませんが、
    我々は感覚器官を通じて外界を認識して脳内に再構成しているのです
    ですから、実際は、脳内世界を生きているわけです
    で、真実の世界は、感覚器官で感じる前の世界なわけです
     
    脳内世界が「色」
    真実の世界が「空」です
     
    脳内世界の「色」は、脳の数だけあることになって、対立、独善、妄想、など自動的に生み出される原因になるのです
    「我」と言うこともできます
    つまり、不幸の原因です
     
    じゃ、「空」はどうなっているのか、ということですが、見たり触ったりする前の世界ですから、絶対に説明することができません
    でも、そこにある
     
    「空」を感じることは、つまり、真実の世界を感じることです
     
    お釈迦様は、その方法を見出したから、悟りを開いたわけです
    その、第一歩は「微笑むこと」です
     
     
     
     
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  99. AUG
    27
     

    Do you know yourself ?

    神秘体験とか宗教的体験を、専門的には変性意識状態と言ったりします
     
    ご先祖さまを夢で見た
    虫の知らせ
    胸騒ぎ
    ありえない偶然の一致
    極めて鋭い直感
    霊感
    超能力
    臨死体験
    神の声を聞く
    霊を見たり、感じたりする
     
    など、ひとくくりにして、変性意識状態です
    長く生きていると、どこかで出くわすもんです、それほど珍しいことじゃありません
    非日常的な感覚ですけど、逆に言うと、たまにはある感覚です
     
     
    月輪観

    この、変性意識状態は、体験した者にとっては、実際に起こった出来事であり、疑う余地のないものですが、これを他人に説明するのは極めて困難です

    ごく稀な感覚ですから、なかなか共感は得られないのです
    ところが、経験した本人からすれば、嘘偽りのない実感なわけです

    それで、神から啓示を受けた、無上の悟りを開いた、などの、どうしても人に言いたくなるような至高の体験は、その説明が受け入れられるには、なにかわかりやすい例え話か、既存の神話的物語があったほうがやりやすい、ということになります

    それを、「変性意識状態を神話的コスモロジーによって説明する」と言います
    あるいは、「深層意識のイメージと神話的コスモロジーの一体化」とも言います

    神話的コスモロジーは、たとえば、同じ様な変性意識状態の絶対的存在感を、キリスト教文化圏なら「天の父」、イスラム文化圏なら「アラー」、仏教文化圏なら「大日如来」とか、その文化圏特有の既存のイメージと物語で、合理的に説明しようとして作り出される世界観です
    説明は人間社会で人為的に創作されますから、千差万別、各種ある、ということになってきます
    それで、異なる宗教や、宗派の解釈の相違が、必然的に生まれるのです

    グルメリポートで、同じような天丼を食べても、いろんなリアクションがあるようなもんです

     
    乳香 主にキリスト教の教会で使うお香

    起承転結が完結しているからこそ、コスモロジーなわけで
    神話的コスモロジーには、あらかじめ決められた結論があって、必ず決められた結末に導かれることになります

    おおまかに言えば
    キリスト教なら天国
    イスラムならアッラーの御下
    仏教なら極楽
    グルメリポートなら、この店だけで食べられます

    それで、同じ変性意識の体験をしても、コスモロジーが違えば、否応なく、異なる結論に導かれることになります
    人間の心の仕組みが、それほど違うとも思えないし、唯一の真理がいくつもあっても困るわけですが、神話的コスモロジーが違えば、全く同じ現実や経験から、違う行き先に導くことができるということになるのです

    つまり、創作されたコスモロジーが違うから、違う宗教になるのです
    そして、宗教体験は、コスモロジーがなければ、説明できないのです

    21世紀の世界では、より普遍的なコスモロジーが求められているわけですが、いわゆるカルトは、その逆を行くわけですね

    蛸壺に隠れるか、平原をまっすぐ進むか、さて、どちらを選びますか

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  100. AUG
    26
     

    You are believed

    百日紅
     
     
    「良心」とは、つまり、目に見えないし、もちろん触ることもできません
    有るといえば有り、ではどこにあるのかと言えば、さて、どこにあるのでしょうか
    大事にするべきとは思っても、具体的に、なにをどうすればいいのでしょうか
     
     

    You are believed

    お地蔵さんが、あなたを拝んでいます (長保寺西地蔵)
     
     
     
    では、あなたに問います
     
    「本当は、こうするべきだと思っていた」
    「正直いって、こちらのほうが良い」
    「間違っていると、うすうす感じていた」
    「今は、これが私にできるかぎりのことだ」
    「至らないかもしれないが、誠心誠意、精一杯のことをしよう」
    「こうしたら、皆のためになる」
    「これ以上、皆に迷惑はかけられない」
     
    そのように、思った経験があることと思います
    では、なぜ、そのような思いが浮かぶのでしょうか
     
    その理由は様々だと思いますが、これを仏教の立場でとことん考えたのが、「天台本覚思想」です
    細かい説明は省略します、ご興味あれば、ググってみてください
    天台宗のみならず、日本の特に、禅・浄土など鎌倉仏教の思想的淵源です
    つまり、「人は本来覚っている」という思想です
    だから、人は、悔み、反省し、向上心を持つ、と
     
    本覚讃は、典型的な本覚思想のお経です

    古来、短い偈文にして唱えられてきました

    三十七尊が心の城に住んでいる(本覚讃)と説かれています
     
    金剛界三十七尊曼荼羅  長保寺
     
    つまり、仏教で「良心」とはどのようなものかと図示すると、こうなるわけです
     
    キリスト教やイスラムでも、もちろん、「良心」の奥深い研究がなされていることと思いますが、仏教に匹敵するかどうか・・
    というのは、仏教では、この「良心」に到達するために、座禅であるとか念仏であるとかの修行法を編み出してきたのです
    つまり、理論と実践が、仏教には、あります
     
     
    いかがでしょう
    あなたの心の中に、この、曼荼羅があるのですが
    ご存知でしたか
     
     
     
     
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  101. AUG
    25
     

    Believe in your good heart

    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods 
    And 
    I believe in my good heart
     
     
    神を信じろとか、仏を信じろとか、なにか出来合いのものを信じろという話じゃありません
     
    あなたが、自分を信じる、という話です
     
    で、よくある話が「自信がない」ということ
    自分で自分の嫌なところ、弱いところ、ダメなところなど、いくらでも数え上げることができるのです
    だれが何と言っても、あなたのことはあなたが一番よく知っているわけですから、この結論を覆すつもりはありません
     
    自信がないのに、自分を信じろと言われても、よけいなお世話でしかありませんよね
     
     
    十一面千手千眼観世音菩薩  長保寺
     
    あなたを、拝んでいます
     
     
     
     
     
    あるいは、よけいなお世話かもしれませんが、仏教では、ホトケがあなたを信じてくれています
     
     

    毎自作是念 如何令衆生 得入無上道 速成就仏身
    まいじさぜねん いがりょうしゅじょう とくにゅうむじょうどう そくじょうじゅぶっしん

    つねに自らこの念をなす 何をもってか衆生をして 無上道に入らしめ 速やかに仏身を成就するかと(法華経如来寿量品の最後の部分)

    これは、お釈迦様が、つねに、今この時も、自分で自発的に、あなたを無上道に導こうと念じている、ということです
    「救って欲しい」とお願いされたからではありません いつも一方的に無条件に念じていらっしゃいます

    つまり、お釈迦様が念じてくれています、今、この時も

    普通、宗教というと、神や仏を信じなさいと言う、と思ってらっしゃるでしょうけど、あなたが信じるのではなくて
    ホトケがあなたを信じているのです

    それで、あなたは、自分を信じる
    あなたが信じる、自分の良心が、ホトケの心に続いている
    ということなんですねぇ

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  102. AUG
    24
     

    The good heart

    数珠
     
     
     
    Can you believe in the good heart of your own ?
     
    あなたは、「自分の良心」をどこまで信用しているのでしょうか
    単なる自己満足や、思いあがり、とかでなく、本当のところ、「自分の良心」をどこまで信用していいのでしょうか
     
    これですね、細かな説明は省略しますが、仏教経典の中では、「自分の良心」は「仏の心」に続いていると説かれています
     
     
    一切衆生悉有仏性(一切の生物に仏性あり) 涅槃経
     
    依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
    (向こう岸に至る智慧によるが故に、無上にして正しい覚りに正に等しきものを得る) 般若心経
     
    良心を突き詰めていくと、仏心に突き当たる、と
    そこまで言い切るのは、仏教だけだと思いますよ
    キリスト教やイスラムでは、人は絶対に神にはなりませんが、仏教は、なんてったって成仏を目指してますからね

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  103. AUG
    23
     

    仏教西伝

     

    秋海棠

     
     
    = I want you to know that there are other ways = 

    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods 
    And 
    I believe in my good heart

     You know that there is polytheism and monotheism in this world 
    Please you know that it is a world where there are many gods 
    By believing in yourself, you can become friends with anyone in the world 

     
     
    シリア付近で日本人が拘束されたという情報があるわけですが・・・
    拘束されていたアメリカ人が殺害された様子がYoutubeに流されましたが、殺害したとみられる隣にいる黒装束の人の訛りから、殺害したのは英国人であるかもしれないということで、なんとも情報が錯綜しています
    いずれにしても、遠く離れた地のできごとですから、簡単に様子はわかりません
    ですが、日本は中東地域の石油に大きく依存しているので、まったく無関心でいるわけにもいかないのです
     
    「イスラム国」を名乗る集団が、たいへんな軍事力を備えて、少数派の異教徒に改宗を迫っている、という報道もあるようです
    まあ、これも、実態はどうなのか、慎重に見極める必要はあるでしょう
    戦闘地域ですから、宣伝・煽動・謀略などの可能性がつきものですからね
     
    それにしても、イスラムのやりかたは、普通の日本人からみると、やはり想像の範囲を超えています
     
    Youtubeでシリア内戦の様子をみることができますが
    「アラーアクバル」としょっちゅう叫んでます
    アラーは偉大なり、という意味なんですが、イスラムの立場からすると神はただ一人しかいませんから、「アラー」とは「おお、神よ」と、単に神に対する呼びかけです
    神に命じられて戦っているわけではなく、戦っている人が「神は偉大なり」と神に呼びかけながら戦っている、という状況ですね
    ですから、宗教同士が戦争してるということではなく、異なる思惑で戦闘している人間が、異なる宗派に属しているという状況でしょうか
    となると、宗派同士の和解など、戦闘終結には意味は無い、ということなります
    シーアとスンニの違いなど、日本人的な発想からすれば、それが殺し合いの理由になるのが理解できないわけですが、宗教への帰属以前に、思惑や利害の対立があるのでしょう
     
    さて、ちょっと話が飛びますが
     
    仏教はインドに始まって、南伝してスリランカやミャンマーの上座仏教になり、北伝してチベット仏教になり、東伝して中国へ、そして日本の大乗仏教になりました
    とすると西伝はどうなったのでしょうか
    ペルシャ方面ということになるのですが・・
    これは、僕は多分そうだと思っているのは、イスラムのスーフィーが、仏教の影響をうけているのではないかということです
    どこらへんが、というと、「瞑想して神と一体になる」という立場がです
    普通、キリスト教とかイスラムなどの啓示宗教は、神に祈りを捧げても、「瞑想」という広い意味での「修行」で神に近づけるとは考えません
    また、ギリシャ哲学には瞑想という言葉さえありません
    「瞑想」は、極めて特異な文化なのです
    それがスーフィーには「瞑想」が必要なのです
    その発想がですね、時代的にも、仏教における密教の成立年代と近いのです
     
    密教は、とどのつまり、お釈迦様が涅槃にはいられたあと、我々がどうやって仏性を獲得するかということが命題です
    で、その「仏性との合一」が「神との合一」になっても不自然ではないということになります
    ですから、密教がイスラムに浸透したとしても、なんら不思議ではありません
    ついでに言うと、キリストが誕生した時の三博士は、たぶんインド方面からきています
     
    すべからく、この世界に文化的相互作用など無い、と考えるほうが無理なんですよ
     
     
    宗教とか宗派には、立派な開祖がいて、精緻な理論や長い伝統があるわけですが、その開祖が、自分の代わりに働いてくれたり、朝起きてトイレにいってくれたり、腹がへったら飯を食ってくれる、というわけではありません
    生きていくのは自分です
    その素朴な事実から始めて、地に足の着いた考え方をしたほうがいいですよ
    無神論者になれと言っているのではありません
    この世界は、現実に、様々な宗教宗派のある多神世界なのです
    他の宗教宗派を攻撃することを目的にしたカルト教団もあるのですが、人の心を暴力で支配するのは長続きはしないし、そもそも無理です
     
    合理的、現実的に考えれば
     
    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods 
    And 
    I believe in my good heart
     
    ここに行き着くと思うんですけどね

     
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  104. AUG
    21
     

    Do you know Buddhism

    = I want you to know that there are other ways = 

    I respect Buddha
    I respect Christ
    I respect Allah
    I respect many Gods 
    And 
    I believe in my good heart

     You know that there is polytheism and monotheism in this world 
    Please you know that it is a world where there are many gods 
    By believing in yourself, you can become friends with anyone in the world 

     = Healing meditation =

    Please smiling(It is very important tips)
    Breathe quietly 
    Imagine all the love being poured into your heart
    With love of all, please sigh gently

    That love is coming from your true heart 
    If you think to try,you are able to create a true love

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  105. AUG
    16
     

    吉宗の歴史的功績

    BS11の番組が放送されて、もうネタバレにならないので、ちょっと補足させていただきます
    テレビでは時間が限られて、ご紹介しきれませんでした

    徳川吉宗の政治の特徴といったら、「質素倹約」が一番先に思い浮かぶのですが、実は、それだけで紀州藩と幕府の財政難を建て直したのではありません

    「新田開発」
    現在の海南市野上の井沢弥惣兵衛(いざわやそべえ)による灌漑や新田開発で米の収穫が飛躍的に増えたのです
    井沢弥惣兵衛は、将軍吉宗に呼ばれて関東に行ってからの方が有名で、数多くの実績を残しています

    「人材登用」
    足高の制(あしだかのせい)、今でいう能力給です
    当時は家の格式によって給与である石高が決まっていたのですが、役職によって格式にとらわれずに給与を増額しました
    大岡越前守も、その一人です

    「官僚制度の整備」
    これは、本当にあまり知る人がいません
    実は、これこそが、吉宗の時に劇的に変わって、まさに歴史的功績といってもいいことだと思います
    徳川家康が戦国時代を終わらせたわけですが、そのころの古文書は数が少なく貴重なものです
    それが、吉宗の時代になって、文書の量が、ざっと十倍に増えたのです
    長保寺の住職の日記の量で、それがわかります
    行政記録を事細かに文書で残すようになりました
    吉宗の次の将軍家重は世襲で継いだのですが、世襲と官僚制の整備がセットになって、江戸時代の長期にわたる安定をもたらしたのです

    それと、これも時間の都合でカットされ、ご紹介できなかったのですが
    「文化の継承」です
    長保寺はもともと長保時代に一条天皇によって創建されました(1000)
    本堂、塔、大門と国宝として残されているのですが、紀州徳川家は、この長保寺を、そのままの姿で受けついで菩提寺に定めました
    あたりまえのことのように思われるかもしれませんが、やろうと思えば、日光東照宮のように自前で造営することも出来たのです
    あるいは、世界史を見渡せば、更地にして作り直すなどということは珍しくもありません
    それを、すでにある伽藍をそのままの姿で受け継いだのです
    実際、参拝されて、そう思ってご覧になれば気がつくかもしれませんが、長保寺が徳川家の寺である痕跡がありません
    一条天皇が創建した寺であることを最大限に尊重しているのです

    また、徳川家は江戸時代を通じて、幕府の将軍は征夷大将軍であって、天皇によって任命されるものであるという立場を変えませんでした
    これも、諸外国であれば、天皇制を廃止して、自ら最高権力者になるでしょう
    日本の歴史と文化の一貫性は、実はこのことによってもたらされたのです

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  106. AUG
    14
     

    BS11「とことん歴史紀行」徳川吉宗編

    BS11「とことん歴史紀行」徳川吉宗編
    平成26年8月15日夜8時~8時45分
    (その他、2年以内に最大5回の再放送)

    吉宗を紹介するために、7月16日に長保寺でもロケをおこないました
    文化財の紹介で、住職による説明もあります

    あまり知られていない吉宗の実像が紹介される予定です

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  107. JUN
    3
     

    改正品確法

    なんのこっちゃ、かもしれませんが

    5月29日に、国会で公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)の改正法案が全会一致で可決されました

    平たく言うと、政府が公共事業の入札をする時の法律ですね

    文化財修理をしていると、いままで、これが、実に問題がありました
    つまり、「安ければいい」「複数年度にまたがる工事を一括受注できない」「設計変更しても価格は据え置き」「高度技術は高くつくことを配慮しない」と、思いつくままあげても、いくつも困った状態だったのです

    今度の改正で

    「敷札が可能」
    つまり最低落札価格を設定することが許されます
    まったくこれが、低品質工事がまかりとおった元凶の、根本対策です
    いままでは、安ければ落札できたわけで、文化財修理でもゾッとするようなことが平気でおこなわれてきました
    ここには書きませんが

    「複数年度の受注可」
    たとえば3年かかる工事でも年度ごとに業者が変わるということがあったのが無くなる

    「設計変更したら価格も変更する」
    当たり前のことのようですが、いままでは、どこかで余計にお金がかかったら、どこかを削ってつじつまを合わせるようなことがおこなわれていたのです
    特に文化財修理は、屋根をめくってみたら酷いことになっていた、などということがざらにあるので、つじつま合わせが必要になることが多かったのです

    「高度技術の評価」
    たとえば宮大工の日当が高くついても、いままでは、公共事業の設計単価表(ちゃんとこれはいくらとか書いた帳面があるのです)のとおりしか支払えないので、終了時間を長くして残業手当を加算して日当を増やしたりして腕のいい職人を確保できるようにしたりしていたのです

    文化財所有者としては、「建設業界イジメもいいかげんにせいよ」と日ごろ思っておりましたが、これで改善にむかうことを期待しますね
    まじめな普通の業者が文化財修理に参入してこないという事態にもなっていたのですが、そういう業者が廃業していくので、ようやく法改正になったのでしょうね

     

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  108. APR
    10
     

    国宝修理工事報告書PDF

    平成24年竣工の長保寺国宝大門・国宝多宝塔・重文鎮守堂の修理工事報告書のPDFファイルを公開いたしました

    これは、文化庁の補助事業による正式な出版を、そのままPDFにしたものです

    実は、この出版には画期的な内容が含まれています

    36ページからの定例会議議事録です

    文化財修理の現場の肉声が、そのまま、なんの編集もされず収録されています
    建造物修理の現場を知る人が行間を読めば、今まで公開されてこなかった真実を感じられるかもしれません

    今後の文化財修理に生かされることを期待します

    こちらのページの中ほどにあります
    http://www.chohoji.or.jp/intro/intro.htm

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  109. JAN
    1
     

    本当の自分を求めて

    あけましておめでとうございます

    今年は午年ですが、じつは、僕は今年、年男で還暦になります
    やはり、「原点回帰」が心に湧いてきますね

    ここから、もうひと頑張り、ということなんですが、今までの頑張りと違う、まあ、どこか違う頑張りをしたい、という気持ちではあります

    基本は

    お釈迦様を、いちばん尊敬し
    キリストを尊敬し
    アラーを尊敬し
    もろもろ、八百万の神々を尊敬し
    なんといっても、自分を一番信じて
    生きてまいります

    その、自分を信じる、ということなんですが

    くだらない、つまらない、なさけない自分ではなくて
    「本当の自分」を信じるのです

    「本当の自分」は、「空」のなか、感じる前の世界にいます
    時間も、空間も、質量もない、全てと繋がり、全てを感じ、全てを思う世界です

    「空」の世界では、すべての神仏と繋がっています

    自分の「思い」が、どこまで神仏に近づくか、楽しみですね