PROMENADE

歴史の散歩道

 

「父母に孝行に法度を守りへりくだり、奢らずして面々家職を勤め、正直を本とすること誰も存じたることなれどもいよいよ能く相心得候ように常に下へ教へ申し聞かすべき者なり」

親孝行の大切さや、法律を守ること、正直を第一として家業に専念することなどが書かれています

徳川家は戦国時代が終わっても、いまだ荒廃した世相を、家族の絆を中心にして立て直そうとしました

万治3年(1660)に、紀伊徳川家初代藩主頼宣が、藩の儒学者・李梅溪(1617〜82)に命じて作成し、領内に配布しました

父母状と「共食い」 Blog

 


徳川家

15代 徳川頼倫の葬儀
徳川頼倫の葬儀の行列
徳川頼倫の葬儀 本堂と御霊屋の内部
徳川頼倫の葬儀 廟所の建立
御廟参拝
初代頼宣250回忌
昔の諸堂
明治末の境内
昔の人々

長保寺に保存されていた、古い写真の数々です。
大変に貴重な物も含まれているようです。


1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

--->NEXT


徳川家茂コーナー

 



頼貞隨想 徳川頼貞  徳川頼貞遺稿刊行会 昭和31年6月10日 発行 河出書房 非売品

南葵旧聞 和歌山城  始祖頼宣をしのぶ  長保寺
問答有用

徳川夢声との対談
「第九」の初演、日本初のパイプオルガンの話など

南葵楽堂の想いで 徳川家の創設した音楽堂

 




紀州徳川家ゆかりの地 リンク

 

 

和歌山城

 

紀州東照宮 和歌山市和歌浦

 

赤坂御用地 紀伊徳川家江戸上屋敷を徳川茂承が明治天皇に献上しました 赤坂迎賓館 東宮御所などがあります。 赤坂プリンスホテルは江戸中屋敷跡にあります 

 

養翠園 紀州徳川家第十代藩主徳川治寶により造営された松を主体とした約33,000uにおよぶ大名庭園です 和歌山市西浜

 

総本家駿河屋「本の字饅頭」と「父母状」

 

臨春閣 初代徳川頼宣が夏の別荘として和歌山県岩出市に建てたものを、 生糸貿易により財を成した実業家原三溪が横浜市本牧の三溪園に移築しました

 

山田奉行所記念館 山田奉行所は紀州藩の出先機関として、伊勢神宮の警備を担当していました

山田奉行所と大岡越前守 大岡越前守は山田奉行所の代官だったのを吉宗に見出され南町奉行となりました

 

高風居 徳川頼倫が設計した茶室 東京三鷹の国際基督教大学内にあります

数々の難を逃れた一畳敷 泰山荘(東京都三鷹市)

 

旧東京音楽学校奏楽堂 (重文) 正面のパイプオルガンは、大正9年に徳川頼貞がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄贈したものです。東京上野公園内にあります

南葵楽堂の想いで

 

南葵文庫 紀州徳川家から寄贈された漢籍が、東京大学図書館の漢籍の質量ともに根幹をなしている。

 

VILLA DEL SOL 「ヴィラ・デル・ソル(太陽の館)」は、紀州徳川侯爵家が明治32年に東京・麻布飯倉に、日本で初の西洋式個人図書館「南葵文庫」として建てたもの。その後、取り壊される運命だったのを、伊豆山の旅館『蓬莱』が熱海市伊豆山へ移築。当時の雰囲気をそのまま守りながら、約7年もの歳月をかけて完全なかたちで復元した高級リゾートホテルです

こちらのページで写真とともに詳しくご紹介しています

 

飛鳥山公園の桜   現在の庶民の花見の風習は、吉宗が隅田川堤(向島)や飛鳥山(王子)、御殿山(品川)などに桜を植えさせ、花見客用の飲食店まで造らせ、花見を奨励したのが始まりです。

吉宗桜

 

赤沢自然休養林  尾州檜として鎌倉時代から知られる、日本一の檜の産地。江戸時代「御留山」として徳川家以外に切り出すことが許されなかった。長保寺の御霊屋の材木はここから切り出されました。

赤沢森林資料館

 

徳川記念財団


前のページに戻る
最初のページに戻る
長保寺の紹介
長保寺の法宝
聖地巡拝
長保寺と紀州徳川家
歴史の散歩道
参拝案内