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令和6年長保寺災害復旧工事入札公告一式(全134ページ)

 

 

長保寺は長保2年(1000)、一条天皇の勅願をうけて性空上人により創建されたと伝えられています。一条天皇には定子様と彰子様のお二人の皇后がありましたが、定子皇后のお付きの女官が「枕草子」を書いた清少納言、彰子皇后のお付きの女官が「源氏物語」を書いた紫式部です。ですから、これらの文学作品は一条天皇の長保時代の宮廷生活を題材にして描かれています。長保時代は、平安貴族社会が頂点に達した時代であるのです。また、長保寺が創建された長保2年に定子皇后がお亡くなりになっています。長保という年号を名乗る寺の建立は、一条天皇にとって特別の意味があったに違いありません。 本堂(1311)、多宝塔(1357)、大門(1388)、鎮守堂(1295)といった主要なお堂は鎌倉時代に至り再建されたものです。長保寺は天台宗として創建されましたが、その後、法相、天台と変わり、現在あるお堂が再建されたころは真言宗のお寺でした。仁和寺から印玄という僧が来て本堂の再建を指導しています。 寛文六年(1666)に紀州徳川家初代藩主頼宣により菩提寺に定められました。その時に、頼宣と天海僧正の約束により天台宗に改められました。江戸時代に、本堂背後の山の斜面に広大な藩主廟所が造営されました。「周囲が山に囲まれ要害堅固である」という頼宣の言葉が残されおり、万が一の時の陣地として利用することを考えていた様です。

長保寺は平成29年に日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」の構成要素に認定されました

お堂の前で拝む時のコツ
1 微笑む 大事なコツです
2 本尊様の名前を呼ぶ
3 息を吸う あなたを守る力が体に入る と思う
4 息を吐く その力を分けてあげる と思う それを繰り返します

 

拝観停止のお知らせ

令和5年6月2日の集中豪雨で、国宝本堂裏手の北側斜面で土砂崩れが発生いたしました。国宝本堂周辺は流出した泥濘に覆われた状態です。現在復旧の目途はたっておりません。ご迷惑をおかけいたしますが、しばらくの間、拝観できない状態となります。

 

お知らせ

御朱印の受付を当分の間休止いたします

 

長保寺本尊 釈迦如来(中央)、普賢菩薩(右)、文殊菩薩(左)

 

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長保寺の紹介
本堂・塔・大門とそろって国宝である寺は奈良の法隆寺と長保寺だけです
藩主墓所は日本一の規模です

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