2007-01-22

世界遺産をよろしく

日本のODA(政府開発援助)はコロンボプランへの参加から始まったわけですが、そもそもこのコロンボプランは、イギリスが自国の植民地だったインドなどへの賠償を拒否して、援助ならしようということで始めたものです。国家賠償は欧米では、しないのが常識らしいですね
賠償は敗戦国が戦勝国に対してするものですが、ナチスが勃興した理由は、第一次大戦の賠償金が大きすぎたのに反発したのが理由の一つらしいです。
国際協力も、いきさつは簡単じゃないということ

さて
世界遺産条約を日本が批准したのは1992年ですが、ユネスコの世界遺産そのものは1972年からあります

実は、世界遺産は、登録された文化財を守る義務はその国にあって、ユネスコが金を出すわけではありません
むしろ逆で、ユネスコに世界遺産分担金を支払わなければなりません
世界遺産に登録されるには条件があり、その国で文化財として保護されていることが必要で、保護は自国がします
つまり、ユネスコは、世界遺産という名前をくれるだけで、口を出して金は出ません
そして分担金としてお金を取ります

ユネスコの本部はフランスにあります
1980年代にはマネージメントに対する不満などからイギリス、アメリカなどの大国が相次いで脱退するくらい不透明な団体です
僕も、いろんな噂を聞いてます(現地に若い美人秘書を置くのはフランス式なんだから文句ないだろ、とか)
(国連と戦争がらみの駆け引きでイギリスは1998年、はアメリカ2003年に復帰)

文化財保護法が整備されていて補助金制度のある日本では、そもそもお金をくれない世界遺産に登録する必要はありません
ユネスコから分担金を請求され、文化的背景と国籍の違う人から理解不能のいらぬ口出しをされるだけです
外国人の文化財の専門家(なぜ外国人のほうがよくわかっているか不明)のご一行様をお迎えする経費もこちらもち
それで、批准されていませんでした

で1992年に批准したのは、1990年に第一次湾岸戦争があって、そのときアメリカはフランスの支持を取り付けたかったのが難航しました
それで、日本にフランスにゴマスリするよう話があり、内閣から文部省にもリストを作るよう指令がありました

で、出てきた話が世界遺産条約の批准で、おおあわてで内容を整備しました
ユネスコご一行様の大名旅行の接待役はごくろうさんでした
莫大な使途不明のユネスコ事務局経費は、つまり戦争協力のゴマスリ金
奈良や京都では、これ以上規制の網はいらないと世界遺産指定から逃げた寺社多数
これは行政の現場にいた人なら誰でも知っている内幕話です

ま、実名書かないから、この程度の話は手加減して書いてるほうです

なんで、ユネスコに誉めてもらうとうれしいのか不明

世界遺産と言えば、観光客が増えるらしいが、外国に決めてもらわないと文化財の価値が分からないらしい

権威はフランスから貰うってのが、つまりブランド品でもやってること

第二次大戦の戦勝国がいまだに世界秩序を取り仕切っているのが現実

つまり、世界遺産はユネスコの小遣い稼ぎだってこと
ユネスコはいい金づるを見つけたもんだよ
世界遺産条約批准国は世界遺産の価値を高めることも約束してるから、これから益々、日本国は宣伝に務めるでしょう
皆様も、どうぞご協力下さい


湯の峰では、世界遺産になって「つぼ湯」の入浴料が260円から750円に値上がりしました
世界遺産効果は、観光客の増加で元を取るしか元の取りようがありません
一時的に観光客が増えたらしいけど、もう世界遺産効果がなくなったらしいですね

商業主義に利用されれば、それで世界遺産は浮かばれるんでしょうかねぇ


ちなみに
日本が1951年にユネスコに加盟する時、フィリピンが猛反対しました
それを、なだめたのが徳川頼貞さんです

こちら

頼貞さんは諸国漫遊と放蕩が専門だったんですが、ま、そんなことが必要な時もあるってことでしょうかね

えっ、うちが世界遺産に登録されるんならこの記事は削除しますよ(^^;)

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